第47話:逆ログイン:神経系のジャック・ポート
視界が「線」になる。
九条に五感を貸し出した瞬間、俺の脳はPCの外部演算ユニットみたいな扱いになった。
目の前で俺の袖を掴んでいるはずのカレンの感触さえ、0と1のパルスとして、ひどく遠くで処理されている。
『……深度、上昇。……ゼノン社・外縁部ファイアウォールを通過。……司、……痛い?』
「……いいから、……進め。……神経痛よりは、マシだ」
実際は、マシどころじゃない。
脳を直接LANケーブルでこすられているみたいな不快感。
だが、九条が見せている「視界」には、最新のパッチでは塗りつぶせなかった鳳凰院時代の「旧い傷跡」が、鈍い金色に光っていた。
【スキル名:逆位潜入(Reverse-Dive:Underpass)】
効果:地下ID [GRAY] の優先権限を「囮」にし、その裏側を流れる旧式パケットに自身の認証痕を紛れ込ませ、上位サーバーへ無検知で逆ログインする。持続120秒。
取得条件:[GRAY] ID以上の権限を持ち、かつ「属性抹消」されたパートナーと同期した状態で、運営直系のゲートへ接触する。
成長条件:検知アラートを一度も鳴らさずに、最深部の「管理ログ」へ到達する。
代償:
機材:ネットワークカードが過熱し、現実の通信速度が永続的に1%低下する。
身体:心拍数の制御を九条に委ねるため、解除後に激しい「動悸」と「虚脱感」。
関係:カレンのHUDにもノイズが混入し、彼女に「ツカサの過去のトラウマ」が断片的に流出する。
「……ツカサ、……何これ」
カレンの声が、すぐ隣なのに遠い。
同期の余波で、俺の「引きこもり時代」の残像が、あいつの視界に流れ込んでいるらしい。
「……見るな」
「……暗い部屋と、……壊れたキーボードしか見えないわよ。……あんた、ほんとに最低ね」
「……知ってる」
格好はつかない。
だが、それを隠す余裕も今の俺にはない。
『……到達。……開発第三局、メインコンソール。……司、……見て。……ひどい有様だ』
九条が映し出したのは、かつてカレンの父が誇った「革新の牙城」の成れの果てだった。
サーバーラックの半分は引き抜かれ、残されたフロアには、赤い「肥料化予定」のタグが貼られたポッドが並んでいる。
「……あそこにいるの、……私の教育係だった……サカモトさん?」
カレンが、悲鳴を飲み込むみたいな声を出した。
ポッドの中にいたのは、かつて彼女に規約の基礎を教えた初老の技術者だった。
彼の脳は今、ガイア計画の「予備演算器」として、強制的に同期させられようとしている。
「……遠藤の野郎、……本当にただの掃除屋だな」
俺は「九条」の手を借りて、コンソールにコマンドを叩き込んだ。




