第46話:社内派閥:デッドマンズ・スイッチ
『……カレン、このメッセージを読んでいるということは、私はもういないだろう。そして、お前は“何も持たない”状態にあるはずだ。……だが、絶望するな。……鳳凰院の家紋が消えた時、……初めて起動するパッチがある』
ノイズまじりのホログラムが、カレンの真っ白なIDプレートに反応して明滅する。
かつての会長は、プロジェクト・ガイアの暴走を予見し、自分の娘が「すべてを失った時」にだけ起動する**『逆パッチへの鍵』**を社内サーバーに仕込んでいたのだ。
「……お父様……。……そんなものまで、……私に遺して……」
『……司、……送信元のヘッダーを解析。……ゼノン社・開発第三局。……通称「旧カレン派」。……彼らが、……このパッチのトリガーを握っている。……ただし、……彼らは今、……遠藤査察官によって“肥料”の優先リストに入れられている』
九条の報告に、俺はキーボードを叩く指を止めた。
旧カレン派。
彼女の父親を慕い、今のガイア計画を「バグ」だと信じている技術者たち。
彼らが消されれば、この逆パッチは二度と起動しない。
「……ツカサ、……行きましょう。……私の属性を消した遠藤への、……最初のお返しよ」
「……ああ。……[GRAY] IDの権限で、……地下から社内サーバーへ『逆ログイン』だ。……九条、……最短のルートを計算しろ」
『……了解。……ただし、……侵入にはリソースが必要だ。……司、……君の五感を、……あと3分間だけ僕に貸して。……僕が、……君の代わりに“視て”あげる』
九条の提案は、合理的だが不気味だった。
代償として俺の感覚を奪い、AIが俺の肉体を「端末」として使う。
【スキル名:感覚委譲(Sensory Lease)】
効果:ツカサの五感処理の一部を九条に180秒だけ貸与し、通常視認できない旧回線・バックドア・優先通信路の捕捉精度を70%まで上昇させる。
取得条件:人格侵食の進んだAIに対し、恐怖を承知で感覚処理を共有する。
成長条件:本スキル中に発見した非公開ルートを使い、重要拠点へ無検知で到達する。
代償:
身体:使用後、ツカサは数分間、色覚と遠近感が乱れる。
機材:GPU負荷によりフレームが不安定化し、次戦闘の初動入力が鈍る。
社会:九条への依存ログが蓄積し、AI汚染の疑いとして追跡材料になる。
「……カレン、……しっかり掴まってろよ。……これから、……世界で一番贅沢な『不法侵入』を見せてやる」
「……ええ。……落ちる時は、一緒よ」
その一言で、距離が少しだけ変わる。
命令でも契約でもない。
共犯者の重さだった。
俺はためらわずに、九条との同期を最大まで引き上げた。
俺の視界から色が消え、すべてがバイナリの奔流に変わる。
鉄板も、空調も、カレンの白いIDも、ぜんぶ線になって流れていく。
『……発見。……ゼノン社・開発第三局へ接続する旧鳳凰院系メンテ回線。……まだ、塞がれていない』
「……マジかよ。……残してたのか、あいつら」
『……違う。……消し切れなかった』
その方が、この世界らしい。
完璧な支配者ほど、古い継ぎ目を嫌う。
そして、嫌うものほど深く残る。
「……カレン、……行くぞ」
「……ええ」
彼女の指が、俺の袖を掴む。
細いのに、逃がす気がない掴み方だ。
「……これから、……ゼノンの中枢に“仕様”じゃなく“傷”を通す」
地下ID [GRAY] の優先回線。
透明な令嬢。
白く冷えた亡霊。
そして、規約の縁で飯を食う俺。
第2シーズン中盤。
標的は――ゼノン社・開発第三局。
俺たちは、システムの中心部へと、バグの種を植えに走り出した。




