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第39話:透明な令嬢:属性「無」の不条理(コメディ)

地下街に降る雨は、酸性雨の味がした。

 遠藤の放った『属性抹消パッチ』の余波で、カレンを包んでいた鳳凰院の残り香――高潔なエフェクトや優雅なモーション補正は、塵一つ残さず消え失せていた。


「……信じられない。自販機が私を『背景オブジェクト』として認識して、通り抜けようとしてくるわ。……私、ついに人間ですらなくなったのね」


カレンが虚空を掴む。彼女の手は、地下の自動改札をすり抜け、何の反応も引き起こさない。

 信用スコアEランクは「ゴミ」だったが、属性抹消は「透明(ノイズ未満)」だ。


「……ククッ、……いいじゃねえか。……最新のMASTIFFでも見つけられない、……完全なる透明人間だ。……お嬢様、これこそ最強の隠密ステルスだぜ」


俺は血の混じった唾を吐き捨て、激しい神経痛をこらえながら笑った。

 カレンは真っ白な(何も書かれていない)IDプレートを見つめ、それから俺の顔をじっと見た。


「……ツカサ。……私、鳳凰院家の娘として死ぬのが怖かった。……でも、家紋が消えた瞬間……なんだか、すごく『身軽』になった気がするの。……百円の重みを知る、ただの女としてね」


カレンがボロボロの袖を捲り上げる。その瞳に宿るのは、没落令嬢のプライドではなく、逆境を楽しむ「バグ」の輝き。


『……司。……カレンの生存バイタル、……安定。……不合理な精神的充足を確認。……理解、不能』


スマホの中、九条の声は依然として「白」く、冷たい。

 だが、その冷徹な演算が、新たな「規約の穴」を見つけ出した。


【スキル名:非存在の交渉(Proxy Negotiation:Zero-Trace)】

効果:属性を抹消されたカレンが「仲介」となり、ツカサの指示(HUD共有)を元に、監視カメラや認証システムを「物理的な盲点」として素通りし、地下住民と秘匿通信を行う。

取得条件:システム上の「属性」を完全に喪失し、かつ共犯者と心拍同期を維持した状態で1時間以上潜伏する。

成長条件:本スキルを用いて、敵対勢力の網に一度もかからずに「重要物証」を3つ回収する。

代償:

 身体:カレンに極度の「感覚遮断」による眩暈。

 機材:ツカサのPCに、透明化を維持するための膨大な「NULLパケット」生成負荷。

 社会:存在しないはずの人間として動くため、地下の「マザー」以外の全勢力から“幽霊”として恐れられる。


「……いいね。……幽霊とバグ、そして冷徹なAI。……これこそ、第2章への最高の布陣だぜ」


俺たちは、マザーの隠れ家へと辿り着いた。

 老婆は、家紋を失ったカレンを見て、ひび割れた声で笑った。


「……いい面構えだ、お嬢ちゃん。……鳳凰院の看板を下ろして、ようやく『本物の目』になったね。……アタシの商売、……手伝う覚悟はできたかい?」

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