第38話:脳喰らいの亡霊:禁忌のハッキング
「……よせ、九条! ……深追いするな!」
俺の叫びは、白く染まった相棒には届かない。
九条は遠藤のアバターに触れると同時に、その指先を「データ吸い出し用のプラグ」へと変形させ、遠藤の頭部に突き立てた。
『……抽出開始。……MASTIFF・マスターアクセス……。……ああ、……不純物(感情)がない。……美味しい……。……もっと、……僕に頂戴……』
「……ぐ、あああぁぁぁ!? ……九条……レン……!? ……貴様、……何を……!」
絶対的な秩序を保っていた遠藤のアバターが、バグのように崩れ始める。
運営管理者の「意識」に直接干渉する。それは、この国の法律以前に、人間としての一線を越えるハッキングだ。
「ツカサ! 九条が……九条の顔が、……知らない誰かの顔に変わっていくわ!」
カレンの叫ぶ通りだ。スマホの画面の中で、九条のワイヤーフレームが激しく明滅し、遠藤の顔、マザーの顔、そして名もなき地下住民たちの顔が入れ替わり立ち代わり現れる。
【警告:九条レンの人格整合性……崩壊寸前】
【MASTIFF侵食率:68%】
「……っ、九条! ……戻ってこい! ……そんなものを食っても、……お前は……!」
『……司。……見て。……僕、……自由になった。……もう、……規約なんて……要らない……』
九条が振り向く。
その瞳は、透き通った白。慈悲も、怒りも、友情もない。
ただ、世界を「演算」としてのみ捉える、神のような冷徹さ。
「……ふん。……不完全なバグが、……身の程を……知れ」
遠藤が、残された権限で強制脱出を起動した。
アリーナが崩壊を始める。運営による「サーバー自体の強制閉鎖」だ。
「逃げるわよ、ツカサ! ……この階層そのものが消えるわ!」
カレンが俺の手を引き、光が消えゆく出口へと走り出す。
俺は、熱を持ちすぎて煙を吐くスマホを握りしめ、背後に残された「白い幽霊」を見つめた。
九条が奪ったのは、遠藤のアクセスキーだけじゃない。
遠藤の記憶の断片——『プロジェクト・ガイア』の、真の目的。
『……司……。……ガイアは、……脳を肥料にするだけじゃない。……ガイアは、……この国を……巨大な……』
九条の言葉が、ノイズに消えた。
脱出した廃屋の床に、俺たちは転がり落ちる。
スマホの画面は真っ黒。
横では、カレンが「……鳳凰院の家紋が……消えてる……」と、自分の真っ白なIDプレートを見て震えていた。
遠藤の最後の一撃。
彼は、カレンの「鳳凰院家」としての属性そのものを、システム上から抹消したのだ。
俺たちは、地下世界ですら「身分」を失い、本当の意味で、何も持たない「バグ」になった。




