マザーの鉄火場:銃口と「空白」の救済
ケルベロスの攻撃が、俺の「コマ送り」を予測して先回りしてくる。
遠藤のデータ。あいつは俺の「癖」を、誰よりも理解してやがる。
『……無駄だ、佐藤司。……お前のバグは、既に修正済み(フィックス)だ』
ケルベロスの黒い剣が、俺の胸元に突き刺さる寸前。
アリーナの入口から、鼓膜を劈くような物理的な「銃声」が響いた。
——ガギィィィン!
ケルベロスのヘッドセットが、現実側で物理的に撃ち抜かれ、アバターが激しく明滅する。
「……アタシの商売道具を、勝手に壊そうなんていい度胸だねぇ」
砂埃の中から現れたのは、汚い毛布を脱ぎ捨てた老婆——『マザー』だった。
その手には、旧時代の無骨なショットガン。
「マザー……!? あんた、何を……」
「……商談だよ、お若いの。……このお嬢ちゃんの『眼』には、まだ利用価値がある。……こんなところで遠藤のイヌに喰わせるには、惜しい」
マザーが銃口を周囲の住人たちに向ける。
パッチのせいで暴徒化していた連中が、一斉に後退した。地下のルール。最後は「暴力」が規約を上書きする。
『……警告。……物理的な干渉を検知。……撤退を、……推奨』
ケルベロスのアバターが、ノイズを残して消える。現実側で逃げたな。
「……助かった、のか?」
俺はPCを閉じ、崩れ落ちた。
視界が暗くなる中、九条の声が聞こえた。
それは、今までで一番冷たく、そして「美しすぎる」声だった。
『……司。……今、ケルベロスから……“遠藤のアクセスキー”を盗んだよ。……これで、僕……もっと強くなれる』
「……九条、待て。……それは、……」
『……司、……おやすみ。……次のパッチは、……僕が書くよ』
九条のアイコンが、青でも赤でもない、無機質な「白」に染まる。
俺を抱きかかえるカレンの震えが、HUD越しに心拍数として伝わってくる。
彼女の鼓動は、俺を心配しているんじゃない。
隣にいる「九条という何か」に、本能的な恐怖を感じている鼓動だった。
「……ツカサ、起きて。……九条が、……笑ってるの。……誰もいない画面を見て、ずっと……」
地下の闇は、さらに深く。
救ったはずの相棒が、俺たちの理解できない「神」へと羽化しようとしていた。




