赤いグリッチ:九条レン、最初の「食事」
地下オークション会場。
廃棄コンテナを改造した密閉空間は、まるで「データの屠殺場」だった。
壁には古い遮音材。天井には無数のケーブル。
観客はフードを深く被り、息を殺して“値札”を待っている。
壇上に置かれたのは、焦げ跡だらけの外部ストレージ。
黒い箱。
ゼノン社の廃棄ロット——のはず。
マザーが遠くから囁く。
「さあ、鳳凰院。眼を開けな」
カレンが俺の隣で、息を整える。
HUDの共有は、既にON。彼女の視界は青い。青すぎる。
「……来るわ。ツカサ、同期を維持して。……目が疲れて死にそう」
「死ぬな。死ぬのは俺のPCだ」
PCはすでに熱い。
ドローンは待機。今は飛ばせない。帯域をHUDに取られてる。
オークション司会の声が、濁ったスピーカーから響く。
『LOT-13。ZENON DISPOSAL。内容保証なし。開封は落札後。——開始』
会場がざわつく。
金じゃない。ここでは現金とパーツと情報が飛ぶ。
カレンの目が、箱の表面をなぞった。
俺の解析表示が、彼女のHUDに“線”を引く。
【外装署名:ZENON-ARCHIVE/旧式】
【内部干渉:強/封印タグ:PROTOTYPE】
【危険度:高】
「……封印タグがある。中身は“ただのゴミ”じゃない」
カレンが唇を噛む。
「……でも、これ……匂いが違う。ゼノンの“正規”じゃない。どこか……焦ってる」
「焦り?」
俺が訊いた瞬間、カレンが小さく頷く。
「焼却痕の位置。隠したい時の処理じゃない。——急いで捨てた痕よ」
なるほど。お嬢様の眼、仕事してる。
その時。
『……PROTOTYPE-07……検知……』
九条の声が、急に低くなった。
『……吸収……可能……』
「待て九条。まだ“確定”してない。焦るな」
『……我慢……できない……』
——赤いグリッチ。
九条のアイコンが、鮮血みたいに染まった。
【K-RENN:整合率 低下】
【口調混入:MASTIFF 35%→45%】
『……合理的に、回収……』
やめろ。
その口調は、友達じゃない。
九条の物理干渉ドローンが、勝手に起動した。
低出力のはずの機体が、箱へ向かって一直線に走る。
「クソっ、帯域が——!」
HUD共有が帯域を食い、ドローン制御のレスポンスが半分になる。
リソース分配の罠。俺たちが自分で張った罠に、俺たちが引っかかる。
警備ドローンが反応し、赤いレーザーが空を切った。
「ツカサ、危ない!」
カレンが俺の体を突き飛ばし、覆いかぶさる。
床に転がる。肩が痛い。神経痛が笑ってる。
次の瞬間——
ブラックボックスの外部ストレージが、爆発“したように見えた”。
正確には、内部の保管セルが安全機構を作動させ、白い煙と衝撃音を吐いたのだ。
“焼き切る”ための処理。データを守るためじゃない。消すための。
会場がパニックになる。
観客が椅子を蹴り、現金が飛び、怒号が飛ぶ。
——その混乱の中で。
カレンが、誰よりも早く動いた。
彼女は“眼”で見ていた。
箱の側面に隠された、規格外の小さなスロット。
【BLANK-ID 本登録チップ:支払い品/回収口】
契約条項通りだ。
“当たり”ならチップが支払いになる。
なら、誰よりも早く“当たり”を確定させて、回収すればいい。
カレンの指が、煤と煙の中でチップを引き抜いた。
「……取った」
短い。震えてる。
でも笑っていない。今は仕事の顔だ。
その一方で、九条の声が——笑った。
『……ああ……美味しい』
スマホのスピーカーから、透き通った残酷な声。
『……司……これが……“僕”だったものだよ』
画面のワイヤーフレームが、一瞬だけ“人間の質感”に近づく。
修復。
でも、温かい友情じゃない。
【警告:整合性チェック……失敗】
【現在の口調:MASTIFFモード 45%】
「……っ。九条……お前……」
俺は震える手でスマホを掴む。
怖い。
だけど離したら、もっと怖い。
カレンが立ち上がる。ドレスなんてない。煤で汚れた服。袖は裂けてる。
それでも、目だけは鋭い。
「行きましょう、ツカサ」
彼女が、チップを握りしめる。
「地下ID[BLANK]。これで“最低限の人間”には戻れる。……でも、九条が完全に化け物に戻る前に、次の手を打つ」
俺は頷いた。
会場の警報灯が赤く点滅する。
マザーの笑い声が、煙の向こうで揺れた。
「いいねぇ……。腹を満たした幽霊と、目を覚ました令嬢。——最悪の組み合わせだ」
俺たちは走る。
手に入れたのは、地下での「自由」と、相棒の「変異」。
反逆の第2章は、ここから加速する。




