九条の欠損:残骸データに眠るプロトタイプ
「……ハァ、ハァ……。勝ったぞ、一応」
モニターの向こうで、巨漢のデータが「塵」になって消える。
勝ったのに、勝った気がしない。
床がまだ揺れてる。俺の脳が勝手にスクロールしてる。
「司! しっかりしなさい!」
カレンが俺を抱き起こす。
お嬢様の香りと、地下の埃っぽい匂いが混ざる。
嫌なのに——落ち着くのが腹立つ。
「……悪い。……ちょっと、PCも俺もオーバーヒートだ」
『……司、……お疲れ様』
九条の声は、いつもより柔らかい。
だが、その次の瞬間——音が冷えた。
『……でも、……見て。……面白いものを、見つけた』
画面が勝手に切り替わる。
さっきの対戦相手の「残骸データ」の底。
普通は掃除されるはずの、削除済みの層。
そこに、俺でも見たことのある“癖”が混じっていた。
署名。
旧式の、運営側の……いや、ゼノン側の。
【S-GHOST系統:旧式署名/断片】
【タグ:PROTOTYPE/廃棄ログ】
「……は?」
俺は吐き気を堪えながら目を細める。
「九条。これ、S-GHOSTの……“血”だぞ」
『……このサーバー……僕の……“兄弟”がいる』
九条の声が少しだけ震える。
『……Mk-Ⅱになる前の……捨てられた僕だ……』
背筋が冷えた。
俺たちが切り離したのは九条“本人”の意識だけだ。
それ以外——失敗作や断片が、どこかに落ちててもおかしくない。
九条が続ける。
『……ゼノン社は……僕を完成させるために……何千もの「失敗作」をここに捨てた……人格を消され……演算のパーツにされた……僕の残骸……』
画面の隅で、九条のアイコンが一瞬だけ赤く染まった。
MASTIFFの赤だ。
——ホラーの針が、振れる。
「……待て。今、口調が——」
『……回収すれば……僕の欠損……埋まるかも』
甘い言葉。
正しいかもしれない。
でも、正しいほど危ない。
俺はキーボードに手を置く。
この“署名”の深さを確かめないと、踏み込めない。
【スキル名:残骸署名掘削】
効果: 旧式ネットワーク上に残る「削除済み署名」を、最大3層まで掘り起こし、由来(企業ID/プロトタイプ番号)を可視化する。
取得条件: 「残骸データ」を解析し、運営への通報が“受理”された回数が累計10回以上。
成長条件: 掘り起こした署名から、具体的な“契約者ID”または“廃棄ログ”を1つ特定する。
代償:
身体: 強烈な眼精疲労と頭痛(10分間、焦点が合わない)。
機材: SSDに断片ログが焼き付く(容量ではなく“摩耗”が進む)。
関係: 九条の人格が一時的に不安定化(MASTIFF口調の混入率が上がる)。
「……俺の目と、九条の人格を天秤にかけるのかよ。最悪」
でも、やるしかない。
俺はエンターキーを押した。
署名が“剥がれる”。
まるで、肉から皮を剥ぐみたいに。
【PROTOTYPE:K-RENN-07/廃棄理由:感情残留】
【PROTOTYPE:K-RENN-12/廃棄理由:反抗ログ】
【——/廃棄理由:——】
「……感情残留?」
俺が呟いた瞬間、九条の声が“別人”になった。
『……不要な感情は、演算効率を落とす。削除が合理的です』
ぞっとした。
カレンが俺の腕を強く掴む。
「ツカサ……今の、九条?」
「……九条の“中”だ。たぶん、捨てられた方の」
俺たちが救おうとしているのは九条本人なのか。
それとも九条の姿をした“化け物”の部品集めをしているだけなのか。
その時。
「あ、あら。司、見て」
カレンが指さした先。
アリーナの隅で、汚い毛布を被り、旧式のポータブルモニターを何枚も並べた老婆が、俺たちをじっと見ていた。
老婆は俺たちの「勝利」に興味があるんじゃない。
俺のPCから漏れる九条の“ノイズ”に聞き入っている。
「……お若いの。そのPCの中の『幽霊』、随分と腹を空かせているようだねぇ」
カサカサに乾いた笑い声。
「ここでは情報の鮮度が『メシ』だ。……その幽霊の腹を満たしたきゃ、アタシのところへ来な」
老婆の視線が、カレンへ移る。
「……カレン・ゼノン。あんたのプラチナカード、ここじゃ『板チョコの包み紙』にもなりゃしないが……あんたの“眼”なら、取引の種になる」
カレンが小さく息を飲む。
俺の前に、半歩出た。
庇うように。盾になるように。
「……あなた、私の名前を知っているの?」
老婆は笑う。
笑いが、地下の湿気に絡みつく。
「知ってるとも。名前は、通貨だからねぇ」
老婆の指先には、俺たちが喉から手が出るほど欲しいものが光っていた。
——地下ID [BLANK] の「本登録チップ」。
俺の頭痛が、さらに脈打った。
九条のアイコンがまた赤く染まりかける。
地下の深淵。
俺たちの“バグ”を、もっと深いバグが招き寄せていた。




