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規約外の戦場:公式スキル(つるぎ)を奪われたニート

 アリーナ——なんて呼べる代物じゃなかった。


 旧地下鉄の操車場跡。剥き出しのバラスト(石)の上に、数十台のボロいモニターと、不法投棄されたゲーミングチェアが並んでいる。

 照明はネオンと、工事現場の投光器。空気はオイルと埃、そして「何かが腐った」匂い。


 観客は、スコアを失い「社会のノイズ」と化した浮浪者や犯罪者。

 彼らが振るのはサイリウムじゃない。酒瓶だ。たまに投げる。


「……何、この匂い。オイルと、埃と……あと、人生が腐った匂い」


 カレンが鼻を押さえて顔を顰める。


「地下の『ゲーミング食料』だ。期限切れの非常食を、冷却用の廃熱で温めた特製品」


 俺はモニターの前のパイプ椅子に沈み、ノートPCを膝に固定した。


「食うか?」


「……死んでもお断りよ」


『……司、……対戦相手、来た』


 スマホの九条が、淡々と告げる。


『……名前は「ゴリラ」……演算より……物理破壊が、得意』


 モニターの向こう、現れたアバターは鎧すら着ていない。

 筋肉の塊に、無理やり「旧式エンジンの装甲」を貼り付けたような、バランス崩壊の巨漢。


 そして厄介なのは——ここが「同じ会場の中」で試合が行われていることだ。

 プレイヤー席は薄いパーテーションで区切られてるだけ。

 相手の呼吸も、汗の匂いも、すぐそこにある。


【闇リーグ『JUNK HEAVEN』予選:第1試合】

【制限:公式パッチ適用外エリア】

【警告:全ての「公式スキル」は使用不可】

【許可:旧API由来スキル/自作スキルのみ】


 視界右端で、公式スキルのアイコンが全部「×」になった。

 『亡霊の認識』も『悪意の集約』も、ここじゃ“存在しない”。


「……いい趣味してる。公式の剣を捨てさせて、素手で殴り合いかよ」


『……カウントダウン、開始……司、ドローン……出す?』


「ああ。攪乱を頼む。——ただし、低出力で。ここで燃やしたら次がない」


 九条が隔離コンテナからドローンを起動する。

 手のひらサイズの偵察機。武器じゃない。目と指先の代わりになるだけの道具だ。


 ——しかし“現実”の道具は、ちゃんと代償を払わせてくる。


【PC内部温度:79度(警告)】

【フレームレート:下降中(55fps→48fps)】


「……熱っ」


 排気口から、ドライヤーみたいな熱風が噴き出した。


 九条のドローンが、低空で相手席に滑り込む。

 ゴリラのリアル視界(ヘッドセット周辺)を、ひらひらと掠める程度。

 “目潰し”じゃない。“反射”を作るだけ。


 ゴリラが苛立って、現実側で手を振り回した。

 その瞬間——ゲーム側の入力が一拍遅れる。


 俺は、そこだけを狙う。


「(公式がダメなら、低スペをルールにしてやる)」


 俺はわざと描画負荷を上げる。解像度を落とし、影を切り、エフェクトを“中途半端に”残す。

 相手のクライアントが「俺の座標」を予測しようとするほど、逆にズレる。


【スキル名:コマ送り奇襲フレーム・スキップ・ストライク

効果: 自身の描画負荷を意図的に揺らし、相手クライアント上で自分の座標が0.12秒単位で欠落する状態を作る(=コマ飛びに見せる)。欠落中の次の一撃は「背後判定」になりやすい。

取得条件: 45fps以下の低スペ環境で対人戦を累計100時間以上行い、ラグの癖を身体で覚える。

成長条件: コマ飛び状態で「背後判定の一撃」を3回連続で成立させる。

代償:

機材: GPU負荷が跳ね上がり、10分間、描画設定が強制“最低”に固定(視認性低下)。

身体: 三半規管に強烈な酔い。終了後、数分間まっすぐ歩けない。

社会: 地下リーグ側の“警戒タグ”が一段階上がる(次戦、相手に情報が回る)。


「……ッ、そこだ!」


 カクつく視界の“隙間”に、巨漢の装甲の継ぎ目が見える。

 旧式装甲は強いが、貼り付けてるだけ。継ぎ目が甘い。


 ゴリラがドローンを払おうと現実で腕を上げた——その一瞬。


 俺のアバターが「消えた」ように見え、次の瞬間、背後に居た。


 ボロPCが死に際の悲鳴を上げる。


【PC内部温度:84度】

【警告:サーマルスロットリング開始】


 俺は最後のコマで、旧APIの“背後判定”をねじ込んだ。

 派手な斬撃じゃない。デバッグ用の判定処理そのものを、相手のコアに押し当てる。


 ゴリラのHPバーが——目に見えて“削れる”のではなく、瞬間的に“欠けた”。


『……な、んだぁ? 今の……!』


 実況が裏返った声を出す。

 観客が瓶を叩き、下品な歓声が沸く。


 そして、巨漢のアバターが遅れて崩れ落ちた。


「……勝った、かよ。最低の勝ち方で」


 勝った瞬間、世界が回転した。

 胃が浮く。視界が流れる。三半規管が死ぬ。


 俺は椅子から転げ落ちた。


「司!」


 カレンが駆け寄る。

 令嬢の手が、躊躇なく俺の肩を支えた。

 ——この世界の汚れた床に、膝をついて。


「……冷却、まだできる?」


「できるわよ。……っていうか、やるしかないでしょ」


 カレンは涙目で笑う。

 そして、さっき拒絶されたプラチナカードをうちわ代わりにして、俺のPCに風を送った。


「……私の人生最高額の“うちわ”よ。見なさい、涼しい?」


「……泣けるコメディやめろ」


 俺は笑って、吐きそうになった。


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