鏡の中の英雄:テロリストと呼ばれる救世主
目の前が真っ白に染まり、強引に意識が「現実」へと引き戻される。
「……ハァ! ハァ、ハァ……!」
肺が痛い。喉が焼ける。
ログアウトの反動で、俺は変電所の冷たい床に転がり落ちた。
——声が出る。
代償の沈黙が終わった証拠だ。
「……九条! カレン、九条は!?」
叫んだ瞬間、全身の神経がビリッと跳ねた。
打撲痕みたいな痛み。『ヘイト・コンデンサー・改』の代償が、現実で殴ってくる。
「……っ、痛ぇ……!」
「……スマホの中よ。でも、今の衝撃でデータが断片化してる」
カレンが息を整えながら言う。
目の下に、徹夜の影。手はまだ震えている。
「……それより司、外を見て」
カレンが指さしたモニターには、世界中のニュースチャンネルが映し出されていた。
どこの局も、さっきの「生贄リスト」をループで流している。
——消せていない。
カレンのミラーが効いている。
【速報:公式試験中に深刻なハッキング】
【政府は「捏造データによるテロ行為」と断定】
【容疑者:佐藤司/鳳凰院カレン 国家反逆罪で永久指名手配】
「……テロリスト、か」
俺は血の混じった唾を吐き捨てる。
「一億人を救おうとして、一億人の敵に回るとはな」
俺は震える手で、足元のポータブルSSDを掴んだ。
——これ自体に九条が入ってるわけじゃない。
中身は“退避鍵”と“診断ログ”。九条を隔離コンテナから守るための命綱だ。
『……司、大丈夫。……僕、まだ、生きてる』
スマホから九条の声がする。少しノイズが混じっているが、皮肉のセンスは死んでいない。
『……お腹、空いた』
「……ハッ、幽霊のくせに贅沢言うな」
俺は立ち上がろうとして、脚が痺れてよろけた。
痛みで視界が一瞬暗くなる。代償はちゃんと残ってる。無双じゃない。
「……カレン、脱出するぞ。査察部が来る」
「ええ。車は裏に用意してあるわ」
カレンはそう言いながら、満足げに笑った。
エリートの座を捨て、泥水を啜ることを選んだ女の、最高に不敵な笑みだ。
「……でも、ここから先は『信用スコアEランク』の地獄よ。家も、飯も、銀行口座も、全部が敵になる」
「望むところだ」
俺は痛みをごまかすみたいに笑う。
「最高のクソゲーには、最高のバグがお似合いだろ?」
サイレンの音が近づく夜の闇へ、俺たちは駆け出した。
背後で、廃変電所がドローン群の羽音に包囲される。
一億人が俺を憎み、一億人が俺の公開したリストに震えている。
この世界は、とうとう自分の“底”を見始めた。
第二シーズン——『潜伏・地下ID編』の幕開けだ。




