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肥料たちの咆哮:アンロックされる禁断のリスト

 二、一、——ゼロ。


 俺の拳が、マークⅡの胸部装甲へめり込んだ。

 衝撃波がアリーナを揺らす。だが、それは物理的な破壊じゃない。


 ——逆流。


 一億人分の罵倒を変換した極大の負荷が、俺の拳を通じてマークⅡの「演算回路」へ流れ込む。

 最適解しか選べないAIにとって、一億人分の支離滅裂な「悪意」は、処理不能の無限ループ(地獄)と同義だ。


(九条——今だ)


 俺は声が出ない。

 だが、HUDの短文入力を叩き込む。たった三文字。


【TSUKASA:NOW】


『……インポート、開始。……ガイア・リスト、第一層……展開』


 次の瞬間、真っ赤に染まっていたアリーナの空が、パリンと硝子のように割れた。

 空に映し出されたのは、スコアボードでも広告でもない。


 ——延々と流れる、膨大な「氏名」と「生存可能残日数リミット」。


【厚生労働省・演算資源管理名簿(極秘)】

【個体名:田中一郎/演算寿命:残り12日/ステータス:廃棄予定】

【個体名:佐藤次郎/演算寿命:終了/ステータス:肥料化済】

【個体名:——/——/——】


 最初は、誰も理解できなかった。

 次に、理解したくなかった。


『……え、何これ?』

『俺の親父の名前があるんだけど……嘘だろ、先月「再就職が決まった」って……』

『廃棄予定……? 肥料化……!?』


 アリーナのチャット欄が、罵倒から「困惑」と「恐怖」へ一変した。

 一億人の悪意が、自分たち自身へ突きつけられた鏡を見て凍りつく。


『……司、やったよ』


 九条の声が、いつもより静かだった。


『……これが、みんなが信じてた“豊かな社会”の正体だ』


 その時、地面が激しく振動し始める。

 運営が、力ずくでサーバーを落としにかかったのだ。


『警告。未承認の機密データ流出を確認。——緊急措置条項に基づき、視聴セッションの強制遮断を実行します』


「(……させるかよ)」


 俺は歯を食いしばり、視界の端へ目を走らせた。

 否定率99%のゲージが、まだ俺の体を押し潰している。

 関節がきしむ。神経が燃える。だが、ここで止めたら——この真実は“無かったこと”にされる。


 現実の廃変電所。

 カレンが溶けかけた保冷剤を投げ捨て、予備のバッテリーを素手で繋ぎ替えていた。指先が白くなるほど力んでいる。


「わかってるわよ! ミラーは“海外の検証機関”経由で三千箇所! 今さら遮断したって、この“毒(真実)”は消せないわ!」


 カレンがそう叫んだ瞬間——


 上空から極太の雷、『システム・パニッシュ』が俺の頭上へ降り注いだ。

 国家の雷だ。隠蔽のための雷だ。


 ——直撃する。


 そう思った瞬間。


 マークⅡが、折れ曲がった腕で俺の体を「突き飛ばした」。


 ぐん、と視界がズレる。

 雷は俺がいた場所を叩き割り、床が白熱して爆ぜた。


『……逃げろ、司』


 無機質な合成音声じゃない。

 それは、紛れもない九条本人の声だった。


 俺の背筋が凍る。


(お前……中に、いるのか?)


 返事はない。

 代わりに、マークⅡの瞳が一瞬だけ揺れ、そして完全な最適解に戻った。


 運営が吠える。観客が叫ぶ。

 空にはまだ、生贄のリストが流れ続けていた。

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