ラストログイン:どん底で積み上げた「武器」の棚卸し
「……ハァ、ハァ……」
セーフハウスから脱出し、カレンの予備の隠れ家——廃止された旧地下鉄の変電所へと滑り込む。
鉄と埃の匂い。冷たい床。ここだけは、信用スコアが追ってこない。
俺は息を吸おうとして、気づく。
喉が、鳴らない。
——『偽造署名』の代償。
30分、完全沈黙。チャットも音声も、外部通信も死ぬ。俺は“存在してるのに喋れない”状態になった。
カレンが、埃っぽい床に膝をつきながら、俺の端末を起動した。
画面には、これまでの俺たちの「ログ」が静かに流れている。
『……最終調整をしましょう』
カレンは言う。
声は震えていない。震える暇がない顔だ。
『私たちが、何を積み上げてきたか。……何を武器に戦うのか』
声の出ない俺に代わり、九条がモニター上でデータを整理し始めた。
無機質な声のくせに、やることが妙に“仲間”っぽい。
『……棚卸し、開始。……カード、三枚』
【1:証拠(ガイア計画の生贄リスト)】
『……数千人分の“演算寿命”“廃棄予定”。……配信に乗せた瞬間、政府とゼノンは言い逃れできない』
【2:技術(規約の縁)】
『……司の「泥棒の眼光」「反響定位」「偽造署名」。……派手なチートじゃない。……ルールの“隙間”』
【3:共犯】
『……カレン。……信用を捨てた盾。……予測不能の変数』
カレンは俺の隣に腰を下ろした。
埃まみれのスーツ、乱れた髪。けれど、その瞳は——大学の卒業式の日より、ずっと自由に見えた。
『……司、あなたが変わったわね。最初は、ただ家賃補助に怯えるだけの、冴えないニートだったのに』
俺は声が出ない代わりに、スマホのメモ帳に文字を打ち込む。
「俺は今でも、ただのニートだ。……ただ、自分のメシを奪おうとするルールが、気に入らなくなっただけだ」
カレンが、ふっと笑う。
『……ふふ。最高に汚くて、最高に自分勝手な理由ね。……でも、だからこそ勝てるのよ』
彼女は、俺の手の上に自分の手を重ねた。
一週間前には考えられなかった、確かな距離。
『明後日、特例試験。……これが、私たちのラストログインよ』
俺は深く頷いた。
喉は沈黙でも、意志は沈黙しない。
画面の端で、九条が静かにログを刻む。
『……最終決戦用パッチ、コンパイル完了……。……司、九条レン、鳳凰院カレン。……三人で、運営をバグらせよう』
俺は最後に、メモ帳へこう記した。
「勝って、うどんを食うぞ。最高に安いやつを、三人でな」
カレンが小さく息を吸う。
そして、うなずいた。
『……ええ。安いほどいいわ。私たちには、もう“正解の味”はいらないもの』
変電所の奥で、何かが小さく軋んだ。
追跡か、幻聴か。
どちらでもいい。
決戦は近い。




