管理者権限偽装:コピー九条の襲来と汚い署名
「……何の用だ、猟犬」
セーフハウスに鳴り響く、聞き覚えのある暗号化通信。
大型モニターが勝手に切り替わり、執務室で冷徹に書類を整理する遠藤査察官の姿が映し出された。
『佐藤司。……いや、今は“国家反逆容疑者”と呼ぶべきか。提案がある』
「断る。お前らの『提案』でろくな目に遭ったことがねぇ」
『鳳凰院カレンの身分を復元してやる、と言ってもか?』
その言葉に、毛布にくるまっていたカレンの肩がびくりと跳ねた。
遠藤は感情の読めない声で続ける。
『彼女は将来の幹部候補だ。お前に唆された“一時的な過ち”として処理してやる。条件は一つ。お前の端末にいる九条レンの意識(隔離データ)をこちらに渡せ』
——端末にいる。
こいつ、全部わかってる。少なくとも“臭い”は嗅いでる。
「……司、だめだよ」
スマホのローカル音声ルートから、九条の声が漏れる。
俺はカレンを見た。彼女は俯いたまま、強く拳を握りしめている。
俺と同じ「どん底」に落ちた彼女にとって、その提案は文字通り救いの手のはずだ。
でも——救いに見せた首輪だ。
「……お嬢様、どうする」
『……ふん』
カレンは顔を上げ、モニターの遠藤を睨みつけた。
『安いわね、私の値段も。……うどん一杯分にも満たないわ』
遠藤の眉がほんのわずかに動く。
『遠藤さん。私は今、おにぎりの塩味を覚えたところなの。……もう、あなたの不味い“正解”なんて必要ないわ』
「……だとよ。聞こえたか、公僕」
『……交渉決裂だな』
遠藤の声が、温度を失う。
『ならば、実力行使だ』
彼が指を鳴らした瞬間——
モニターの九条が、急に顔色(ノイズ濃度)を変えた。
『……司、逃げて! ……あ……僕が、もう一人……来る……!』
「何!?」
セーフハウスのセキュリティ画面が、内側から黒く滲んだ。
まるで“影”が配線を這っているみたいに、監視カメラの映像が腐っていく。
次に現れたのは、九条の姿を模したワイヤーフレーム——だが輪郭が硬い。整いすぎている。
人間の“揺らぎ”がない。
【S-GHOST・MarkⅡ:ONLINE】
【MODE:SUPPRESSION / CAPTURE】
ゼノン社は九条をコピーし、予備のAIを完成させていたのだ。
しかもこいつは、九条の癖だけじゃない。運営や査察が使う「介入パターン」まで学習している。
『……司、あれは僕じゃない。……僕の“悪いところ”だけ、綺麗に抜き取ったやつだ』
「最悪の要約だな……!」
黒いノイズがさらに広がり、セーフハウスのドアロックが勝手に解除されかける。
外から来るんじゃない。内側から“開ける”。
カレンが歯を食いしばった。
『来るわ。——ゼノンの私設部隊も、査察も、両方』
「だったら、先に“介入”を止める」
俺はキーボードに手を置く。
やることはひとつ。こいつの強制介入——捕縛コマンドの“照合”を、失敗させる。
【スキル名:偽造署名】
効果: 自身の通信署名を10秒間だけ「運営サンドボックス(検証環境)のTEST-ADMIN署名」に偽装し、強制介入コマンドの“照合”を一度だけ失敗させる(=介入を遅延・空振りさせる)。または相手の座標修正を一回だけ弾く。
取得条件: 監視ユニットに捕捉された状態で、3分間攻撃を仕掛けずに潜伏し続ける。
成長条件: 本スキルにより、自身より上位の介入の“照合失敗”を3回連続で発生させる。
代償: 発動終了後、30分間、チャット・音声出力・外部通信が不可(完全沈黙)。
「お嬢様、九条! ここは俺が“弾く”! 今のうちにバックドアを固定しろ!」
俺はキーを叩き、迫りくるコピー九条の介入を——“偽造署名”で空振りさせた。
黒いノイズが一瞬だけ躓く。
MarkⅡの目が赤く点滅し、処理が止まる。
『ERROR:AUTH MISMATCH——』
「今だ!」
だが次の瞬間。
——ドン!!
セーフハウスの壁が、現実側で物理的に爆破された。
踏み込んできたのは、査察部ではない。
漆黒の強化服に身を包んだ、ゼノン社の私設制圧部隊。
「……マジかよ。ゲームの外まで、ガチで殴りに来るタイプのクエストか」
俺の喉が、すでに塞がり始めていた。
代償の“沈黙”が、現実の呼吸まで奪いにくる。
カレンが一瞬だけ、俺を見た。
その目が言っている。
——逃げ道は、ある。




