表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/100

どん底の共犯者:一兆円の価値がある「おにぎり」

 翌朝。セーフハウスの状況は、文字通り「どん底」だった。


「……おいカレン。冷蔵庫のロックが解除されないんだが。九条、お前の権限でも無理か?」


『……無理』


 九条の声が、モニターから淡々と返る。


『……家電管理が、信用スコアと連動してる。……Eランクは、セーフモード。……“不審者に栄養を与えるな”って、仕様』


「仕様が嫌味すぎるだろ……!」


 蛇口も反応が鈍い。照明は最低出力。

 昨日まで“金持ちの沈黙”だった空間が、今日は“貧乏の静けさ”になっている。


「ハッ、国家権力の仕事は早えな。……昨日まで飲み放題だったゲーミング水さえ出てこねぇ」


 カレンはソファで毛布にくるまり、放心状態で天井を見つめていた。

 手元のスマホには、親族からの絶縁通知と、ゼノン社からの除名命令が延々と流れ続けている。


『……お腹、空いたわ』


 その一言が、妙に刺さった。

 “お嬢様”が言う言葉じゃない。

 でも、人間が言う言葉だ。


「お嬢様がそんなこと言うなんてな。……よし、俺が秘蔵の『生存キット』を出してやるよ」


 俺はリュックの奥から、最後の現金で買った“半額の冷めたおにぎり”と、賞味期限ギリギリのカップ麺を取り出した。

 逃亡生活で一番役に立つのは、クレカじゃなくて小銭だ。


「ほらよ。Eランクの世界へようこそ。……これ、今の俺たちには唯一の『回復アイテム』だ」


 カレンはおそるおそる、ビニール袋からおにぎりを取り出した。

 海苔がしんなりしてる。塩が強い。たぶん保存のため。


 一口食べた瞬間、彼女の目が丸くなる。


『……しょっぱい。……けど、生きてる味がするわ』


「だろ? データ上の栄養素エナジーより、現実の塩分の方が体に染みるんだよ」


 沈黙。

 豪華な家具に囲まれた貧乏な食事。

 その光景が妙におかしくなって、俺たちはどちらからともなく笑い声を上げた。


『……ふふ、あははは! 私、世界一の愚か者ね。一晩で何兆円もの価値を捨てて、百円のおにぎりで喜んでるんだから』


「いいんじゃねぇか」


 俺は笑いながら、少しだけ真面目な声になる。


「あんたが捨てたのは『正解の人生』だ。代わりに手に入れたのは……俺と九条っていう、最悪の『ノイズ』だぜ」


 カレンが笑いながら、少しだけ俺の肩に頭を預けた。

 嗅覚デバイスなんてなくても、彼女の「本物の匂い」がした。

 昨日までの冷たい香水じゃない。少し疲れて、でも温かい、人間の匂い。


『……ねぇ、ツカサ。再試合で勝ったら、私に何をくれる?』


「俺に払えるものなんて、うどんのストックくらいしかないぞ」


『……それでいいわ』


 彼女は、少しだけ目を細める。


『うどん一杯分、あなたの“時間”をちょうだい』


 恋愛なんて、ニートの俺には一番難易度の高いクエストだ。

 でも、この「ゴミ溜めみたいなハッピーエンド」も、悪くない——そう思いかけた瞬間。


 モニターの九条が、空気を読まずに割り込んできた。


『……お熱い、ノイズ。……九条レン、嫉妬ログを……生成中……』


「お前は寝てろ! ——さあ、飯を食ったら最終調整だ」


 俺はカップ麺の蓋を押さえ、湯気を吸い込む。


「……世界中に、この汚い真実データをぶちまけてやる」


 特例試験まで、あと三日。

 俺たちの手元には、もう失うものなんて何も残っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ