プロジェクト・ガイア:肥料にされる数百万人の脳と反逆の握手
潜伏三日目。
俺とカレン、そして九条の「奇妙な合宿」は、ゼノン社の闇を暴く解析作業に費やされていた。
カレンは昼間、表の顔で「ツカサを追う聖女」を演じ、夜はここで髪を振り乱して資料を叩き割っている。
“完璧”ってのは、休む時間すら削って維持する呪いらしい。
『……見つけたわ』
カレンが、画面をこちらへ回す。
映し出されたのは日本地図。無数の点が、不気味な脈動を繰り返している。
「……これ、全部、準公務員資格の受給者か?」
『受給者“端末”の分布よ。……正確には、ヘッドセットの接続ログのメタデータ』
彼女はファイルの一部を開き、抜粋だけを見せた。
【資料抜粋:GAIA / LINK UTILIZATION(機密)】
・対象:給付連動ヘッドセット接続者
・目的:分散演算リソース確保
・運用:任意参加→準強制(段階移行)
・注記:過負荷時の健康影響は「統計的に許容」
「……“統計的に許容”?」
『人間を数字にする言い方よ』
九条の声が、ノイズ混じりに補足する。
『……僕が、肥料にされたのは……演算効率が、異常に高かったから……でも、個人の脳じゃ、足りない……だから、数百万人を、並列で繋ぐ……』
「……バカげてる。そんなことしたら、受給者の脳は焼き切れるぞ」
『ええ』
カレンは冷たく言う。
『だから“肥料”なのよ。慢性的な障害が出ても、事故が起きても——“統計のブレ”として処理する。使い捨てて、新しい受給者を補充する。……それが、この国の社会保障の正体』
俺の拳が、水晶のテーブルを叩いた。
澄んだ音がするのが腹立つ。怒りまで上品に響きやがる。
18円のうどんを食っていた日々。
資格ポイントに一喜一憂していた毎日。
その全部が、屠殺場へ向かう家畜の「体重測定」だったというわけだ。
『ツカサ』
カレンが呼ぶ。声の温度が少し変わっている。
『……明日の深夜、再試合のパッチテストが行われるわ。そこで一度だけ、本物の「S-GHOST」の回線に、九条くんを逆流させる』
「逆流? こっちの場所がバレるリスクがあるだろ」
『ある』
即答。怖い女だ。
『でも、やる。九条くんの“欠損”を、向こうのログに刻む必要がある。再試合で世界に流すための、物証よ』
「代償は?」
『私が払うわ』
カレンは息を吸って、吐く。
『私のID(鳳凰院カレン)を一時的に、あなたの通信の“盾”として燃やす。追跡の矛先を私に向ける。……私の信用スコアも、これで終わり』
カレンが、冷えた缶コーヒーを俺に差し出した。
その指が少し震えているのを、俺は見逃さなかった。
怖いのは当たり前だ。
完璧な人生の土台を、自分で蹴り崩すんだから。
「……カレン。お前、なんでここまでやるんだ?」
少し間があった。
彼女は逃げなかった。目を逸らさなかった。
『……退屈だったのよ』
意外な言葉。けど、嘘じゃない目。
『完璧なデータ通りの人生も、誰かのリソースとして数えられるだけの毎日も。……あなたの、規約の“縁”を踏み抜くあの汚い一撃が、私の「正解しかない世界」を壊してくれたから』
香りが、いつもより近くで揺れた。
恋愛なんて、ニートの俺には一番コストの高いゲームだと思っていた。
でも今は——効率とか、損得とか。
それだけで動ける状況じゃない。
俺は缶コーヒーを受け取り、指先がカレンの指に触れる。
逃げない。離さない。
それだけで、距離が1mm動いた気がした。
「……ハッピーエンドを演出するんだろ? なら、最後まで付き合ってやるよ」
俺の手が、彼女の手に重なる。
その瞬間、モニターの中の九条が、無機質に茶化しやがった。
『……甘酸っぱいノイズが、混入……処理不能……』
「黙れ、幽霊。……作業に戻るぞ」
特例試験まで、あと四日。
俺たちの「反逆のログイン」が、秒読みを始めた。




