潜伏のセーフハウス:信用スコアEランクの不自由な生活
「……おい、お嬢様。このラグジュアリーな空間が、俺を拒絶してるんだが」
たどり着いたのは、港湾地区の地下に隠されたカレンの私設ガレージ兼セーフハウスだった。
全面鏡張りの壁に、最新のスマート家電。床は無駄に光沢。空気まで高級。
——なのに、俺がドアを抜けた瞬間。
部屋中のライトが赤く点滅し、スピーカーから無機質な警告音が響いた。
『警告。不審なバイオメトリクスを検知。信用スコア:測定不能(Eランク)。——警備ドローンを起動します』
「おい待て! 俺は客だぞ! 客が入った瞬間に追い出す家って、もはや店じゃねぇ!」
『……忘れてたわ。あなたの信用、今はゴミ以下だったわね』
カレンが端末を操作する。
“上書き”じゃない。家主権限での一時許可——この家のルールに従って、俺を「招待客」に仮登録するだけだ。
ライトが平時の白に戻る。
だが空気清浄機だけは、俺の方を向いて「最大出力」で唸り始めた。
「……俺、そんなに汚いか?」
『あなたが汚いというより、“信用が汚い”のよ。……埃より落ちない』
言い方。
その時、イヤホンがピッと鳴る。
スマホの画面に、小さな通知。
【隔離コンテナ:K-RENN/音声出力許可】
『……司、この部屋の、セキュリティ……穴が、多い。……僕が、埋めようか?』
九条の声が、ノイズ混じりに響いた。
SSDの中身が喋ってるわけじゃない。あれは“鍵”。九条は俺の端末の隔離コンテナの中だ。
同時に、部屋の大型モニターが勝手に起動し、顔のないワイヤーフレームが映し出された。
幽霊というより、監視カメラの亡霊。
『……九条くん、勝手に家のシステムに触らないで。私のプライバシーが消えるわ』
『……司の、鼻息を、聞かされるより……マシ』
「おい、俺の鼻息をログに残すな。お前、どこでそんな性格悪くなった」
『……司から、学習した』
「最悪の教育成果だな!」
九条は勝手にスマート冷蔵庫の“表示”を開き、在庫一覧をスクロールした。
そして、取り出し口から——冷えた「最高級ゲーミング水」を一本、コロンと転がした。
「ハッ、幽霊が冷蔵庫管理とはな。……助かるけど、怖い」
『……水分、必要。……司、汗、うるさい』
「汗の文句を言うAIは初めて見たわ」
俺は水を一口飲んでから、カレンを睨んだ。
「……だがカレン、これじゃトイレに行くのも一苦労だ。俺のIDをどうにかしてくれ」
『無理よ』
即答。残酷。
『あなたのIDは今、国家レベルでロックされている。解除要求を投げた瞬間に、居場所が確定するわ。……なら、現実を“すり抜ける”しかない』
カレンは俺に、不気味な黒いコンタクトレンズを放り投げた。
キャッチし損ねて床に落ちそうになり、俺は慌てて拾う。高そう。胃が痛い。
【スキル名:認証の死角】
効果: 周囲2メートル以内のセンサー照合(顔認証/歩容解析/近距離ビーコン)を攪乱し、自身を「別人/別物」と誤認させやすくする。
取得条件: 信用スコアが最低ランクの状態で、監視エリア内に1時間以上留まる。
成長条件: 本スキルにより、警備ドローンの「本人照合」を3回連続で回避する。
代償: 使用中、激しいドライアイと頭痛。終了後2時間、五感が極端に鈍くなる。
「……現実の五感を削って幽霊になれってか。ニートにゃお似合いだ」
『似合うのは否定しないけど、生きるためよ』
俺はレンズを装着した。
視界の端に、部屋中のセンサーの“視線”が青いラインで可視化される。天井、壁、ドア、床——見られている。
ラインの隙間を縫って歩く。
それは、ゲームの隠密ミッションそのものだった。
「……カレン。一週間後の『再試合』。相手は、九条の“残滓”が入ったAIなんだな?」
『ええ。そして、その背後にはゼノン社の全演算リソースがついている。……あなたは、たった一人で「国」と戦うことになる』
「一人じゃないさ」
俺はモニターの九条を見上げ、次にカレンを見る。
「……ここには性格の悪いお嬢様と、PCに住み着いた幽霊がいる」
『……司、言い方』
『……あなたも、性格が悪いわよ』
俺はカレンが用意した——最高級すぎて座り方がわからないソファに身を沈めた。
柔らかすぎて逆に落ち着かない。贅沢は人を不安にする。
「……よし。潜伏開始だ。まずは“生き延びるルール”を整える」




