最短経路探索(ルート・オプティマイズ):ニート、二階から飛ぶ
「……来やがったな、税金の無駄遣いどもが!」
ドアの鍵が、電子音を立てて弾け飛ぶ。
——強制執行。いつものやつだ。俺の人生で一番“見慣れたイベント”が来た。
俺はPCの電源ケーブルを強引に引き抜き、足元のポータブルSSDを掴んだ。
中身は九条“本体”じゃない。亡命コンテナを開くための退避鍵(暗号キー)と、いま起きてる不整合の診断ログだ。これがなきゃ、九条は俺のPCの中で腐って消える。
パーカーのポケットに突っ込んだ瞬間、イヤホンがピッと鳴る。
『……司、心拍数が、高い。……死ぬの?』
九条の声。
SSDから直接じゃない。俺のスマホ——というより、端末が勝手に開いた“ローカル音声ルート”から漏れてる。幽霊のくせに、回線だけは器用だ。
「死んでたまるか! 俺が死んだら、お前は隔離コンテナごと溶けて、燃えないゴミだろうが!」
『……燃えないゴミ……ひどい……』
「褒めてるんだよ、俺の愛情表現だ」
窓を開ける。二階。下はゴミ集積所。
段ボールの山に、見切り品の袋——俺の人生の“財宝”が全部詰まってる場所だ。
査察部の靴音が廊下を裂くのと、俺がベランダの手すりを越えるのは同時だった。
「佐藤司! 止まれ!」
背後で遠藤の怒号が響く。
でも俺の脳はすでに、「現実」を「ゲーム」のフレームレートで処理し始めていた。
——視界が“線”になる。
危ない場所、滑る床、角の死角、着地点の硬さ。全部、頭の中のHUDが勝手に強調する。
【スキル名:最短経路探索】
効果: 視界内の地形を“簡易ポリゴン”として解析し、自身の体力・重力・摩擦から「成功率が最も高い移動ルート」を光の線で短距離表示する。
取得条件: タイムアタックモードにて、累計100時間以上「理想的なライン」を走り続ける。
成長条件: 本スキルによるルート選択を、時速30km以上の移動中に10回連続で成功させる。
代償: 発動中、三半規管に過度な負荷。終了後、激しい嘔吐と眩暈に見舞われる。
「視えたぜ……。着地ポイントは、あの潰れた段ボールの山——成功率、62%!」
『……司、低い……』
「二階から飛ぶ時点で、人生の成功率なんてそんなもんだ!」
一秒先の未来を走る光の線。
俺は躊躇なくダイブした。
グシャッ、という鈍い音。
段ボールがクッションになり、俺の「貧弱なDEX(敏捷)」をカバーする。
「……っ、痛ぇ! でも生きてる! 勝った!」
次の瞬間、胃がひっくり返った。
「……オエッ、三半規管がラグってる……!」
込み上げる胃液を飲み込み、俺は路地裏へ駆け出した。
頭上では、査察部の追跡ドローンが「ブゥゥン」と不快な音を立てて旋回している。
街角の大型ビジョンが、俺の顔を映した。
【ニュース見出し:特例試験でのハッキング容疑、佐藤司が逃走】
【発見次第、資格の永久剥奪を執行/通報に報奨ポイント】
昨日まで俺を無視していた通行人たちが、一斉にスマホを向けてくる。
この世界、善意すらポイント換算だ。
「どこまでもコンテンツにしやがって……。九条、次の安全地帯はどこだ?」
『……ここから、北に、300メートル。……ゼノン社の、配送コンテナ。……私のIDで、開く……可能性がある』
「可能性とか言うなよ! 開かなかったら、そのままGM——いや、警察に突き出されるんだぞ!」
俺はパーカーのフードを深く被り、群衆の視線を縫うように走る。
現実は、ゲームよりよっぽど判定がシビアだ。リトライなんて、どこにも用意されてねぇ。
その時。
俺の目の前に、一台の黒塗りの高級車がタイヤを鳴らして突っ込んできた。




