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監視の空白:処罰という名の救済と一秒間の亡命

「……っ、重てぇ! 一億人分の『死ね』ってのは、物理的にコンクリ詰めされてるのと変わらねぇな!」


 アリーナの床に膝をつきそうになる。

 『オーディエンス・ブースト』による負荷は、単なる数値上の減少じゃない。


 俺のマウスの軌跡が歪む。キーを押す指に、鉛を流し込まれたような遅延が走る。

 画面端では、俺の『囚人服(WANTED)』の耐久値が、観客の罵声に連動してミリ単位で削れ続けていた。


『あら、無様に這いつくばるのがお似合いね。……立ち上がり方も忘れたのかしら?』


 カレンの罵倒が降る。

 だが、俺の耳は聞き逃さない。


 ——立ち上がり方?


 今の俺はデバフで重心が極端に下に固定されている。

 カレンは「それを利用しろ」と言っているのか?


「……へっ、お嬢様の嫌味は、最高のヒントだぜ!」


 九条の聖剣が、上段から俺を「処刑」せんと振り下ろされる。

 本来なら回避不能。


 だが、俺は逆にキーボードを叩き、デバフに抗うのをやめた。

 わざと負荷の重力に身を任せて——沈む。


 “受ける”。

 受け切った力は、必ずどこかへ逃げる。物理演算は嘘をつかない。

 なら、その逃げ先を——俺が奪う。


【スキル名:悪意の集約ヘイト・コンデンサー

効果: 自身にかかっている「オーディエンス・ブースト(弱体化)」由来の加重を、1.5秒間だけ「踏み込み反発カウンター」へ変換する。

取得条件: 自身の支持率エールが全参加者中ワースト1位の状態で、3分間生存する。

成長条件: 本スキルを使用し、デバフ効果の合計値を「爆発力」として放つ。

代償: 発動終了後、10秒間、移動速度がさらに50%低下する。心臓への過負荷により、現実のプレイヤーに「動悸・めまい」が発生する。


「溜めに溜めた一億人分の重みだ……。熨斗のしつけて返してやるよ!」


 視界が黒く縁取られる。

 囚人服そのものが光ったんじゃない。俺のステータス欄に、ヘイト蓄積の警告エフェクトが走っただけだ。


 重力に押し潰される寸前——俺の体が、バネのように跳ね上がった。


 狙うは九条の“右の関節”。


 『泥棒の眼光』で捉えたワイヤーフレームの視界。

 九条の右肩——そこだけが、不自然な「データの継ぎ目」になっていた。


 まるで、後から無理やり別のプログラムを溶接したような、歪なノイズ。

 九条が囁いた「右の関節、パッチ」。あれは本当だ。


「九条、そこか……!」


 俺の『鉄の篭手』が、その継ぎ目にめり込む。

 カチッ、という——何かが噛み合わない音がアリーナに響いた。


『——ガ、ガガ……ツ、カ……サ……』


 九条のバイザーが激しく明滅し、フルプレートの右腕が、あり得ない方向に折れ曲がった。

 システム上の「関節可動域」を無視したバグ。


 その瞬間、俺の端末——セキュア領域に封入された“黒いパッチ”が、まるで共鳴するように熱を帯びた。

 触れていないのに、存在だけが主張してくる。嫌な鼓動だ。


『警告:未承認の物理演算エラーを検知。査察官権限により、試合の強制介入を開始——』


「……チッ、やっぱり来るか! 遠藤!」


 アリーナの上空が裂ける。

 極太のシステム・パニッシュが、俺の頭上へ降り注ぐ。


 俺をチーターとして抹殺し、この「不都合なバグ」を隠蔽するための国家介入。

 ——あいつは“正義”じゃない。“管理”だ。


 だが、その雷が直撃する直前。


 実況席で、カレンが不敵に笑いながらマイクを握った。


『皆様、ご覧なさい! この卑劣なハッカーが、聖なる試験を汚しています!……運営様、ここは“私”が直接、彼のデータを粉砕して差し上げますわ!』


 次の瞬間、カレンの白銀の聖剣がアリーナへ投げ込まれた。

 雷と聖剣が衝突し、アリーナが真っ白な光に包まれる。


 ——耳が潰れる。

 視界が白飛びする。ログが、ノイズで塗りつぶされる。


 その混乱の隙間に、イヤホンの優先チャネルが割り込んできた。

 カレンの声。あの“二人用の回線”だ。


『……今よ、ツカサ。衝突のノイズで“監視の目(MASTIFF)”の追跡が一瞬だけ途切れたわ。……一秒だけ、パッチ(亡命プログラム)を叩き込む隙を作ってあげる!』


「……借りは、家賃の修理代と一緒にな!」


 光の渦の中、俺は折れ曲がった九条の右腕——その「継ぎ目」に狙いを定めた。

 右肩のノイズ。ここがリンクの綻び。ここが“抜け道”。


 俺は端末のセキュア領域から、黒いパッチ・シールを呼び出す。

 許されるのは一秒。息を吸う暇もない。


「——行け!」


 俺は、その「隙間」に、黒いパッチ・シールを叩きつけた。


 パチン、と。

 シールが貼り付く音は、なぜかやけに小さかった。

 その代わり、九条のバイザーの奥で——赤い光が、ほんの一瞬だけ“人間みたいに揺れた”。

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