指名手配犯の入場:一億人の呪詛(ノイズ)を武器に変えろ
「……おい、この格好で出ろってのか? エンターテインメントにしちゃ悪趣味すぎだろ。国民総出のいじめかよ」
特例試験当日。国立eスポーツアリーナの地下、隔離されたログインカプセルの中で、俺は自分のアバターを見て絶句した。
画面に映る『ツカサ』は、装備はおろか、初期の布服さえ剥ぎ取られ、泥に汚れた「罪人服(囚人服)」一点のみ。
しかも頭上には、赤黒く発光する巨大なアイコンが浮いている。
【状態:WANTED(国家反逆容疑)】
【ペナルティ:全ステータス30%減少/全所持アイテム・通貨の凍結】
『不服かしら? ストーカーにはお似合いの衣装だと思うけれど』
アリーナの巨大モニター越しに、カレンの冷ややかな声が降ってくる。
会場を埋め尽くした数万人の観衆、そして画面の向こうにいる一億人の視聴者が、俺を「指名手配のゴミ」として嘲笑っていた。
『殺せ!』
『カレン様に無礼を働いた報いだ』
『九条、そのチーターをバラバラにしろ!』
実況チャット欄は、俺の死を望む呪詛で埋め尽くされる。
これが第8話で説明された「オーディエンス・ブースト」の正体だ。
世論が「敵」と見なしたプレイヤーには、システムから物理的な「重圧」が降り注ぐ。
「……っ、体が重い。まるで水中でPC操作してるみたいだぜ」
マウスを握る右手に、目に見えない磁力のような抵抗がかかる。
キー入力が遅れる。視点移動が鈍る。たぶん、これも“人気投票”の結果だ。
対面に現れたのは、白光を放つ最新鋭のフルプレート。——九条レン。
だが、そのバイザーの奥に目は見えない。ただ無機質な赤い光が明滅している。
『……試験、開始』
システム音声と共に、九条が消えた。
違う。速すぎる。
装備差とデバフで、俺の処理速度が追いつかない!
背中が、冷たくなる。
次の瞬間には死ぬ——そう確信した。
「死ぬのは勝手だが、空腹で死ぬのは御免だ……! 動け、俺の脳(CPU)!」
俺はキーボードの『F1』から『F12』までを、特定の和音で叩く。
装備がない。戦闘系スキルも“封印”されている。
——ただし、封印されるのは「攻撃」「移動」みたいな派手なものだけだ。
観客の前で勝手に死なれたら困るから、運営は“解析系の補助”だけは残している。安全柵みたいに。
「なら、残った柵で殴るだけだ」
【スキル名:泥棒の眼光】
効果: フィールド上の「描画優先度の低いオブジェクト(残骸・当たり判定だけ残った破片・データ痕跡)」を強調表示し、既存の衝突判定を利用できる“遮蔽物候補”として認識する。
取得条件: 装備合計評価値が「0」の状態で、格上との戦闘を開始する。
成長条件: 本スキルで見つけた「残骸判定」を利用し、相手のHPを1%以上削る。
代償: 発動中、正規のテクスチャが簡略化され、視界が「ワイヤーフレーム」と「ゴミの輪郭」だらけになる。終了後、極度の眼精疲労が発生。
視界が剥がれる。
豪華なアリーナが、一瞬で骨組みに変わった。床も壁も、ワイヤーフレーム。空間のあちこちに、虫の死骸みたいな“残骸判定”が浮かぶ。
「視えたぜ……。お前らが『綺麗に掃除した』つもりのアリーナにも、ノイズ(ゴミ)は残ってるんだよ!」
九条の聖剣が俺の頬を裂く直前、俺は半歩だけ沈み込む。
そして、ワイヤーフレーム視界の片隅——床下に埋まった“透明な塊”へ手を伸ばした。
掴めないはずのもの。
描画されていないのに、当たり判定だけ残っている、前回の試合の「残骸オブジェクト」。
俺はそれを“武器に変えた”んじゃない。
元々そこにあるルール——衝突判定を、見つけただけだ。
九条の突進と、その透明な残骸判定をぶつける。
ガギィィィィン!
虚空で火花が散った。
『……何!? 何も無いはずの場所で、攻撃が弾かれただと!?』
実況アナウンサーが叫ぶ。
観客には、俺が虚空を殴って九条を止めたように見えただろう。
だが俺の視界では、アリーナの床下に埋まった「運営の消し忘れログ」が、牙を剥く防壁に見えていた。
——遠藤。見てるか。
俺は“派手な異常”は出していない。規約内だ。残骸の当たり判定。衝突。たったそれだけ。
「カレン、見てるか」
俺は囚人服の袖で口元の血を拭った。
血の味がする。現実が混ざる。代償はいつもこうだ。
「……俺はまだ、あんたがくれた『パッチ』を使ってねぇ。こんな前座で、手の内を見せるほど安売りはしねぇぞ」
九条(AI)が、一瞬だけ動きを止める。
——今の衝突を“理解できなかった”反応だ。
その隙に、俺は意識を一点に集めた。
端末のセキュア領域に封入された“黒いパッチ”。そこへ触れない。触れた瞬間、遠藤に匂いを嗅がれる。
だから——触れずに、待つ。
次の「一瞬」を。
その瞬間。
イヤホン越しに、ノイズ混じりの“声”が届いた。
運営も、遠藤も、カレンさえも拾えない——回線の隙間に紛れた囁き。
九条本人の、微かな声だ。
『……つ、かさ……。……あ……いつ……、……右の、関節……パッチ……』
息が止まる。
「……っ。九条、お前……!」
AIに支配されたはずの友が、システムの「死角」を突いて、俺にヒントを送ってきた。
“右の関節”。そこに何かがある。弱点か、切断点か——救いの糸口か。
俺のニヤリとした笑みが、アリーナの巨大モニターにアップで映し出される。
一億人の「死ね」という声が、最高のBGMに変わった。
「了解だ。……クソゲーのバグ探し(デバッグ)、始めてやるよ」
そして俺は、次の一歩を“規約内”で踏み出した。




