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くつろぎ庵へようこそ  作者: あきづきみなと


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そもそも手の中になかったもの

「そう言えばリン!朝採りを届けるように言っておいたが、受け取ったか?」

その男が不意に呼び掛ける、応じてカウンターの少女が応えた。

「はい、っていうか、それサラダ入れましたよ。今朝取り立ての新鮮サラダ!」

「そうか」

満足そうに頷いて彼は野菜の小鉢にフォークを伸ばした。彼を無意識に警戒したままのラグドスもつられて同じようにその小鉢に手をつける。そして警戒も忘れるほど驚いた。

「……きみが野菜を食べるとは珍しいな、ラグドス」

もくもくとサラダを食べ出した友人に気づいてオーレングリンが声をかける。この男は昔から「肉を食っていれば何とでもなる」という文字通り脳味噌まで筋肉が詰まっていると揶揄されるタイプ。野菜等家畜の食うものと言って憚らないような男だ。それがフォークの止まらない様子である。

「いや、これうまい。草っ葉なんぞと思っていたが、掛けてあるソースとか、あとこの赤いの」

「そいつはうちの村の特産でな。ここに卸してるんだが、そろそろ近隣に売り込もうと思っている」

そこへ当の男が口を挟んできた。身分の低い者とやり取りすることのない青年貴族達はたじろぐが、ラグドスは真剣な表情で問う。

「……名のある武人とお見受けするが」

「腕に覚えはあるが、今の俺は単なる開拓者だ。……まあこの辺りの開拓は、魔獣の討伐やら山や海の探索だの、色々やらなきゃならんがな」

それにカークスは不敵な笑みで応じる。

上背はあるが引き締まっていてゴツい感じではない。容姿の特徴はグロリザンダの民に近いものがある。

それ等を加味しても、ただ者ではない感は強かった。ラグドスが来歴を問い質そうとした時。

「はい、お待たせしました」

「スーさんとフレディさんの料理、先にどうぞー。後の方はもう少しお待ちくださいねー」

店員が声をかけて、テーブルに皿を並べる。言った通りフレディともう一人の女性のものだけだが。

「おい、おまえら……」

出鼻を挫かれて苛立ちながら彼女達に目を向けたラグドスはしかし言葉を失った。彼だけではなく、他の青年達も、困惑をあらわにその皿を眺めている。

女性の前に置かれたのは、おそらく卵料理なのだろう。鮮やかな黄色がこんもりと皿に山を作り、その上にこちらも鮮やかな赤いソースがたっぷりと掛けられている。先程の赤い実が使われているようで、確かに特産物であることに疑いは無さそうだ。

だがフレディの前に置かれた皿は、彼等の常識から外れた品だった。

皿に盛られた白い粒の山も見慣れないが、一緒に置かれた鉢には茶色く染まった塊がごろごろ入っている。魚がどうこう言っていた通り、ぶつ切りの切り身らしいものもあるが、この大きさは彼等の知識にない。一緒に煮込まれているのも根菜らしいが芋ではないようだ。

「お先にいただきます」

穏やかに声をかけてきたのは、彼等より少し年上の女性だ。躊躇いなく真っ赤なソースにスプーンを差し入れ、食事を始める。

鮮やかな赤と黄色の中身は、朱赤に染まった粒々だった。それを彼女は、実に美味そうに食べていく。

フレディも同様だ。見慣れぬ茶色の肴らしき塊をフォークでほぐし、根菜らしきものはナイフで切り分けて(とはいえ刃の沈む様子からみるとたいそう柔らかそう)口に運ぶ。

「うむ、美味いな。あの魚がこんなに美味く食えるとは思わなかった」

フレディは満足げな笑みをたたえて食事を進める。

彼も元々は下級ながら貴族の出だ。騎士としてドルマース公爵に見いだされ、一人娘の護衛に抜擢された。

フローリアンヌを放逐した際も彼女の傍らに控えており、出奔にも同行した、とは聞いていた。

かつて見かけたより遥かに落ち着いて彼等貴族の存在を気にかけた様子もない。

「おや、お先に失礼しておりますよ」

かと言って無視している訳でもない。向けられる視線に笑みを返す様子は自然体だ。

「……美味いのか、それ?」

眉間に皺を寄せたクレマンドの問いに首を竦める。

「殿下のお口に合うかどうかはわかりかねますが、私は好きですね。塩焼きだと少々脂がキツいですが、こうして煮付けると野菜に味が入って食いでがあります」

「そ、そうか……」

屈託なく返され、クレマンドは微妙な顔で黙り込んだ。

そこへ。

「はーいお待たせしましたー」

「日替りランチ6と、お肉ランチです」

店員が両手に料理のトレイを乗せて運んできた。てきぱきと彼等の前に皿を並べていく。

「こ、これは……」

「……な、何なんだ」

一人当たり2枚とは言え、人数分の皿を並べるとテーブルはいっぱいだ。貴族や神官の彼等には嗅ぎ慣れない匂いが漂う。

「……油ですね。……この辺境でこんなに大量の油を使えるなんて……」

豪商の息子であるテイラーは、その正体に思い至って顔をひきつらせる。

食用油は王国でも使われてはいるが、貴重品だ。貴族でも潤沢には使えない。同行の彼等も使える階級ではあるが、食卓に出るものを気にしたこと等ないのだろう。

しかし幾ら高貴な身分とは言え、彼等も年若く健康な男。増してここまで長い旅をしてきた身だ。具体的には、揚げ物の匂いが胃袋を直撃する。


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