手放したもの
「全く貴様は、このような辺境にまで逃げのびおって……」
「あら、国外追放を命じられたのは殿下ではございませんか。私はそれに従ったまで」
愚痴愚痴と恨み言を並べ掛けるクレマンドにリアンヌははっきり言い返す。
「そのようにしてテヴァルトレイルから追放された身ですもの。……裏を返せばもう王国民ではございませんので、貴方がたに命令される筋合いもありませんわね」
いっそ楽しげに付け加える彼女にクレマンドは絶句し、他の青年達も歯噛みする。
彼等もかつては自らの王国が世界の中心であることを疑わなかったが、ここに辿り着くまでにその幻想は叩き壊されている。
隣国のグロリザンダ王国では、完全な実力主義が謳われ王国や実家の権勢を主張すればするほど蔑まれた。身元が不確かな一介の農民でも、大きな手柄を立てれば敍爵が望めるという程に個人の能力が重視されている国なのだ。
それは極端な例にしても、他の小国もいずれもふてぶてしく逞しく、テヴァルトレイルの名に反応しないものが多い。資金は潤沢に用意してきたものの、故国の威光が通用しない土地ではそれを思っていた以上に使わなければ安全が確保ならなかった。
「それで?一体何のご用でこんな遠くまでおいでになりましたの?」
優雅に小首を傾げて問い掛けるリアンヌを、青年達は憎々しげに睨みつける。
「ぬけぬけと……」
「流行の品が王都に届かないのは、貴女の差し金でしょう」
「何のことやら」
テイラーがしかめ面で詰問するのにもさらりと素っ気ない。
「ならば例の商会はどうだ、国を出ると同時に彼奴等も国を出たというではないか」
フィロソスが突っ込んでもリアンヌは動揺するどころかころころと楽しげに笑い声をあげた。
「まあまあ、あの人達も律儀なこと。商会と言われるのはうちの公爵領にあったところですのね?国を出たとは聞いていたけれど、品を売るのも止めたの」
この辺りも彼等の計算外だった。国外でなら購入できるはずだった新商品は、テヴァルトレイルには輸出しないと知らされたのだ。個人が買って持ち込む分には構わないが、テヴァルトレイルの王都にある店には売らない、そこに支店がある場合は持ち込まない旨の誓約書を書かねば契約自体結ばない、という徹底したやり方だった。
個人が持ち込んだものもあるにはあったが、反動で恐ろしく高値がついた。そして彼等を激怒させたのは、そんな中でもフローリアンヌと親しかった令嬢には『特別に』それらの品、ドレスに合わせられる靴と鞄その他の小物セットが贈られ手に入れている、という事実である。
ドルマース公爵家は元々人脈も豊かでかつ裕福、社交界でも一大派閥を築いてきた。特に当代の公爵及びこの娘は、明晰な頭脳と人を惹き付ける話術で人気は高かった。彼女と親しかったのはいずれも高位の貴族令嬢であり、クレマンド達には批判的だ。クレマンド以外の婚約者も含まれているが、揃って彼等の寵愛篤い『聖女』には距離を置いている。
ドルマース公爵家がそこに至るまでには莫大な時間と努力が費やされているが、クレマンド達がそれに思い至ったことはない。彼等にとってドルマース公爵令嬢は、鼻持ちならぬ高慢な女でそのご機嫌伺いに忙しい他の女性陣も権勢に媚びる俗物としか見えなかったのだ。
もちろんそうした者も少なくないが、しかしそれへ彼等自身にも還る諸刃の刃。媚びるしか能のない俗物は、むしろクレマンドの回りにこそ多かった。もちろん本人は気づいてもいないし、ここまで着いてきた者達にも自分達が彼の腰巾着だという自覚がない。
「殿下、まさかと思いますが……そのためにわざわざおいでになりましたの、このような『辺境』まで?」
呆れた、と言外に語るような調子で言われて頭に血が昇った。
「っ、きさ……!」
「はぁい、スープとサラダお先にお持ちしましたー」
「スープ、熱いので気をつけてくださいね」
その緊張をぶっ飛ばすタイミングで店の者が食事を運んでくる。野菜を盛り合わせた小鉢はともかく、香り高いスープは胃を直撃した。
「ありがとう、エレン」
「今日のスープはベーコンとキャベツ、サラダはトマトとコーンだって」
「おお、美味そうだな」
同席していた村人達も悠然とそれに応じ、一瞬激昂しかけた彼等をまるっと無視している。
それぞれの前に置かれたのは、細切りにした葉野菜の上に赤い実と黄色い豆を乗せ油の混じったソースをかけた小鉢、淡い褐色の中に煮崩れた具材の入ったスープ。特にスープは何とも言えない芳香が空腹に響く。
「そっちの『お話』はともかく俺達は食事にさせてもらうよ」
「冷めては美味しくないですからね」
彼等も長くフローリアンヌの護衛についていた男は見知っている。彼等とリアンヌが対立しても、無言でただ彼女の身の安全のみ気を配るだけの、言わば毒にも薬にもならない男、という認識だった。
今も特に口を開く訳ではないが、静かに彼等を警戒している。
同席を許した平民の男女は、彼等を殆ど無視していた。話に口を挟まない代わり、自分達で何やら囁き合っている。時折彼等に向ける視線は鋭く、値踏みするような不躾さがあったが、それを咎め立てることを躊躇わせる何かがあった。少なくとももっとも腕のたつラグドスは、彼等を警戒するというよりその前に畏縮していた。
彼とてテヴァルトレイルでは騎士を拝命し、クレマンドの護衛として側仕えになった、それだけの技量の主だ。だがだからこそ、この平民、特に男の方がただならぬ戦士であると、そう感じ技量の差に怯えさえ覚えている。




