とりもどせないもの。或いは最初から手の中になかったもの
彼等が辺境の開拓村に辿り着いたのは、リアンナ達の相談から十日近く遅れてのことだった。それだけ時間があれば、それなりの手を打つことも出来る。今ではこの村も、その程度の実力を付けていた。
「落ちぶれたものだな、フローリアンヌ!」
嘲笑を響かせる青年に、しかし彼の同行者以外全く同調しない。
「これは殿下。ご無沙汰しております」
当のフローリアンヌ、元の公爵令嬢もつまらなさそうな無表情を向けているし、それ以外の者は呆れたような白けたような顔を隠さない。
開拓村は荒れ地を切り開いて作られた。ささやかな平地に幾らかの畑と寄り添うような家が並んでいる。その建物も吹けば飛ぶようなボロ屋ばかりだ。足元には鶏がヒヨコ達を引き連れてコッココッコと地面を啄んでいる。実に長閑な、そして貧しげな光景である。
華やかな王宮やそれを囲む王都に慣れ親しんでいる青年達には、人の住む場所とも思われないかもしれない。しかし彼等の親が治める領地も、領都ならともかく辺鄙な場所は似たようなレベルだ。声を大にして落ちぶれた、と言い放つのはさすがに礼を失している。
テヴァルトレイル王国は、ここトゥトゥミーアと正式な国交を結んでいない。かつてトゥトゥミーアが国交を求めてもすげなく断っており、今は間に小国を挟んでやり取りしている程度だ。ここ最近は、テヴァルトレイルから出る者達が増えてきた。大陸の最西端に当たるトゥトゥミーアまで来る者は少ないが、噂はずいぶん広まっている。
曰く、王族を始めとする貴公子達が一人の娘に入れあげ婚約を破棄する騒ぎになっているとか、その娘が異世界からの聖女と言われているものの何一つそれらしい功績もたてず男は侍らせて悦に入っているとか。
間にかなり悪意が増えた噂だが、それを否定するような話はまず流れてこない辺りが、噂の主達の恨まれっぷり疎まれっぷりを示しているようだ。
その、悪評高いのがここに現れた面々である。第三王子のクレマンドとその腰巾着達。高位貴族や神官、豪商の息子であるが、そろそろその実家からも排除されつつあったり逆に実家が権勢を落としつつある。
「王族がいらしたというのにもてなしも出来ないのか」
その状況をわかっていないのか、不遜に彼女を睨めつける宰相子息のオーレングリン。
「開拓地とは、まことに貧しいものだな」
せせら笑うフィロソスは、神官職にある者が貧乏を嘲る意味を理解していない。この世界の宗教は本来清貧を善しとし、持たざる者をたすけることを教義に掲げているのだ。今はずいぶんと世俗化しているのも事実だが。
「……リアンヌさん、どうするかね」
嫌そうな溜め息を吐いてリアンヌに声を掛けてきたのは、開拓村の代表を務めている男だ。最年長でも最強でもないが、人間同士の折衝能力に長けた男だ。ここまで異国の貴公子達を案内してきたトゥトゥミーア国の兵士と何やら小声で話していたが、どうやら彼等がここに到達するまでの間、やらかした事情でも聞かされたらしく苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「どうするもこうするも、ここまで来ているのですもの。今更何の用か知りませんけど、話を聞かないと帰らないんじゃありません?」
あっさり応じて彼女は視線を投げた。
「ですが私の家には入り切りませんもの、リンのお店を貸していただきましょう」
「おお、それはいいな」
何やら用事があるらしいのはリアンヌだけだが、青年達は護衛まで引き連れたそこそこの大所帯である。それ等は頭数に入れないとしても、1対多数は見た目も良くない。フレディはもちろん、カークスやスーも立ち会いを希望した。
「何だ、大袈裟な。いちいち騒ぎ立てるな、小者が」
クレマンドは傲岸不遜に言い放ち、しかしこの手の挑発に応じ易いはずのカークスも淡々としたものだった。
「そっちこそ、大袈裟でないなら何もわざわざ大人数で出しゃばって来なきゃいいだろうが」
「リアンヌさんは大事な村の仲間ですもの、私達に出来る限りのことは協力します」
カークスもスーもこの青年達より幾らか年上の、しかも冒険者あがりだ。腕に覚えがあるとは言え、所謂道場剣術で実際に血を見たこともないようなお坊っちゃん達より、遥かに場数も踏み度胸もついている。
その証拠なのか、彼等の中では最も武闘派の騎士団長の息子であるラグドスも妙におとなしい。その反面不安そうに年齢の割にいかつい顔をしかめ、そわそわと周囲を見回したり足を踏み変えたりと落ち着かない。
また、豪商の息子テイラーもひどく落ち着かない様子だった。彼もしきりと辺りを見回し、果ては足元にうろつくヒヨコを食いつきそうに睨んでいたので、不審がった村の女性が鶏と共に連れていってしまった。
一同は街道を引き返し、村の手前にひっそり佇んでいる建物に向かった。この辺り、というかこの大陸の何処とも違う様式の家は、ガラスの引き戸とところどころに使われた飾りタイルこそ高級感を感じさせるが、それ以外の木造と石灰か何からしい白塗り部分はそうでもない。
店舗というのは、その主の趣味で変わった造りになることもあるから、世間知らずの貴公子達は疑問も持たなかった。だがそんな贅沢が可能なのは、王都でも相当に裕福な層だけだ。




