捨てたものの復活
さて。そろそろ見覚えある話が。
「……どうしましょう」
ぽつりとこぼしてリアンナは手の中の手紙に再度目を落とした。
この大陸では一般的な粗末な紙には、彼女の知っている筆跡が走っている。決して悪筆ではないはずの相手だが、今はその手が慌ただしく乱れていた。
「リアンナ、どうかしたのかい?」
「フレディ……」
二人は同じ家で暮らしているが、実は男女の関係ではない。そこにも色々ややこしい事情があるのだが。
「……商会から、手紙がきたの。……殿下が、彼等の手紙の宛先を突き止めたらしいわ」
「何だって?」
リアンナが打ち明けた話も、根は同じだ。
『殿下』始めとする彼女の故国の貴族達が根本的な原因なのだ。正確には、もう一人の少女が。
「……ここも嗅ぎ付けたと?」
「その可能性は高いと思うわ。商会の手紙の方が先に届いたのだから、また何か勿体をつけているのかもしれないけど」
「ああ、それは……」
フレディも、『殿下』達のことは知っている。良くも悪くも貴族でしかない、視野の狭くて思い込みの激しい者達だ。急な旅とは言え、護衛だの身の回りの世話をする者達だのを揃えねば出て来ないに違いない。
彼等がリアンナの居場所を嗅ぎ付けたなら、何かしら難癖をつけてくるだろうことは想像に難くない。これまでもそうしてきたように。
東部諸国と呼ばれるのはテヴァルトレイル王国ともう一つの王国、そして後はそれに付随する幾つかの小国だ。
近年『麗しの女神の守護する国』テヴァルトレイル王国の権威には翳りが見られつつあるものの、それでもまだ他の国よりは力のある存在だ。
しかしもう一つの大国、グロリザンダ王国は。実力次第で、名もない平民が王公貴族と渡り合う地位まで昇り詰めることも不可能ではない、という。現に強大な魔獣の長、言わば魔王を倒した人物は名もない一市民だったらしい。
ただし既に王族に囲われ貴族同等に遇されている、というから誤謬のある可能性も否定できない。要は功績を挙げれば元の身分より引き上げてもらえるということだろう、それだけでもなかなか出来ることではないが。
リアンナは故郷・テヴァルトレイル王国で貴族として生まれ育った。高位貴族の令嬢としてさるやんごとなき家系の婚約者もいた。
だが同い年のその男は貴族としての義務を理解せず、プライドばかり高いものの能力は並。見た目は整っており、女性に騒がれると喜びリアンナのこともその延長線上に嘲る、箸にも棒にも掛からない人物だった。
因みに彼の人物評はじめこの辺りの話はリアンナ自身ではなく、フレディの証言である。
彼女としては婚約者に大した期待はしておらず、学園を卒業するまでに少しでも性根が座れば儲けもの、くらいに思っていたそうだ。
だがそんな頃。国の主神である女神から、聖女を召喚すべし、という神託が下った。
テヴァルトレイルの女神、司るのは愛と芸術。特に若くか弱い乙女の守護神として知られるが、かなり依怙贔屓することでも有名だ。焼きもち焼きでもあり、仲睦まじい恋人同士には結構な試練を与えることも多いという。
ついでに付け加えるなら、彼の女神は才能を愛する。それはつまり、長年の努力研鑽より、ぽっと出の才能の方に機会チャンスを与えることが多いということ。
裏を返せば真面目に努力しても、女神の気紛れでその努力を無に帰されることさえある、ということだ。そしてリアンナもそうだった。
幼い頃から努力していた彼女よりも、急な神託で召喚された聖女を選んだ婚約者によって国外追放されたのだ。その相手こそ『殿下』、テヴァルトレイル王国の第三王子であるクレマンドである。
その辺りの事情を大雑把にぶちまけたリアンナ(とフレディ)に、カークスやスーはじめ開拓村の面々及び鈴は戸惑って顔を見合わせる。
リアンナがそれなりにいい家の、貴族令嬢であろうことは他の皆も察してはいた。だが聞かされた話は想像以上だった、のは間違いない。
「えぇっと……つまり王子が来るってことか?」
「こんな辺境まで?」
「……行動力はある人なので……」
「ついでに考え無しだから、周囲の迷惑なんか気がつきもしないかと」
しおらしく頭を振るリアンナにフレディが真顔で付け加える。
「あ~」
「ということは、回りが護衛だのお供だの整えるのを待たずに飛び出してきてしまうと」
スーの言葉は妙な説得力があって一堂が納得してしまう。
「な、なるほど」
「あー、そういう……」
微妙な顔でリアンナも頷く。
「否定は出来ませんわね。……ただ、テヴァルトレイル王国はこの、トゥトゥミアーナ公国と正式な国交がありません。それを慮って止めてくれるか……」
「しかしこの国は入国する者の審査は緩い。こちらに来てしまったら止めようがないかもしれないぞ」
カークスも神妙な顔で返す。彼も他国からこの国に流入したクチで、来る者拒まずというやり方は承知している。冒険者としては有り難いのだが、こういった場合は何とも頼りない。
「そうなんですがね。……周囲が見えない方達なので、逆に焦って飛び出しても、途中で足止め食らう可能性も」
だがそれにフレディが微妙なことを言い出す。
「……何だって?」
「下準備という概念がなく、行き詰まると他人のせいにするんだ。それが許される地位だった、というのもあるんだが……」
「今まで尻拭いをしていた者がいなくなったのですもの、その後はどうしているのやら」




