はじいたもの
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
東部諸国と呼ばれる中、文化の中心地は長くテヴァルトレイル王国と言われてきた。愛の女神を主神に戴く歴史ある国だ。軍事力では隣接する王国に負けるかもしれないが、矜持は高い。
中でも彼、第三王子であるクレマンドはその自負心が強い。元々、第三王子ながら学業も武芸も見るべきものがあると言われている。
実際のところ、彼の実力は良く言って中の上から上の下レベル、その出自故『盛って』評価されているに過ぎない。しかし周囲を固めるのが腰巾着としか言い様のない環境で、本人がそれを認識することはないだろう。
彼は先般、政略結婚の相手だった公爵令嬢を婚約破棄の上国から追い出し、真実愛するに値する異世界からの『聖女』と心を通わせて幸福を満喫していたのだが。その『聖女』から可愛らしいお願いをされたのだった。
曰く「王都で売られていた素敵な靴が欲しいの」と。
調べさせると、彼女の欲しがった靴や同じ意匠の鞄は、ドルマース公爵領で産出されていた。元々ドルマース公爵令嬢フローリアンナが誂えさせたものだったらしい。
フローリアンナ・ドルマースはクレマンドの婚約者だった。容姿は美しいが可愛げのない女で、婚約者たるクレマンドを立てることをしなかった。『聖女』にも失礼な態度を取ったのを機に、国外追放した。
さぞやドルマース公爵も清々したことだろうと思っていたのだが、公爵は自分にも責任があると公職を辞して領地に引っ込んでしまった。それと同時に『聖女』の欲しがった靴等も王都には出回らなくなり、僅かな在庫は高値がついているらしい。
領地の品ならば、公爵に言えば入手できるだろうと呼び出してみたのだが。
当の公爵が言うには、かの品を作る工房は公爵家の庇護下にないのだという。領都に店を開いてはいたが、援助したのは公爵家ではなくフローリアンナ個人。彼女が国外追放されたため、工房も国を出たのだとか。
「個人の金とは言え、公爵家の財産だろうが」
「いえ、フローリアンナは自分の才覚で財を築いておりました。投資しましたのは、その範疇です」
呆れ果てるクレマンドに、公爵は淡々と冷静だった。問い詰めても詳しくは語らなかったが、フローリアンナはその工房を保護するかどうかは当人達の意見に任せてほしいと頼んでいたようだ。
公爵家の保護下にあれば国内での仕事は保障される。だが話を聞いた工房の職人達は全員一致で国を出、その後の動向は公爵も知らないという。
何と迂闊な真似を、とクレマンドは憤る。
その工房が売り出したのは、靴に鞄等の小物類を合わせてデザインした品。
貴族女性は、ドレスに合わせて靴や他の小物類を誂えるのが常だが、ドレスメーカーとそうした小物類を作る職人の間に軋轢があって上手くいかないとか。
クレマンドにその話を聞かせたのは友人のテイラーだ。国内有数の大商人の息子で、市井に通じとりわけこうした産業には詳しい。
その、テイラーが言うには。
「その工房が興した商会がホープ商会というのですが、我が国には支店を置いていないのです」
「何故だ。元はドルマース公爵領の出なのだろう」
問い返すのはテイラーと同じくクレマンドの友人である貴族子息、オーレングリンだ。宰相の息子でこちらは政治面に強い。
「……私も詳しくは。……ただ、その工房には……『あの女』が目を掛けていたそうです」
言い難そうにテイラーの告げた言葉に、ぴりっと緊張が走る。テイラーだけでなくオーレングリンともう二人、神殿で次の神官長と言われる人物の息子であるフィロソス、騎士団長を父とするラグドス、そして言うまでもなくクレマンドだ。
「……それは、ドルマース公爵も言っていたな。だがあの女のことだ、相手もそこまで恩に着てはいまい」
「いえ、それが。……あの女を国外に追放したことを知るとすぐに、職人が一人残らず国を出たのだそうです。もうテヴァルトレイル王国に未練は無い、と」
「何と不遜な!」
ラグドスが声を荒げ、他の青年達も一様に不快を表情に示す。
『あの女』とはクレマンドの婚約者であったフローリアンナ・ドルマース。彼等全員のアイドルである『聖女』エリナを苛め倒した悪女であり、国外へ追い払ってようやくエリナの心の平穏を得たはずなのに、こうして未だに彼女を苦しめている。
「他に品を入手する手段はないのか」
「ホープ商会は他国では店を構えていますので……そこで購入してくることは可能かと」
「……現実的ではありませんね、エリナは今の流行りを求めているのでしょう?時間がかかりすぎる」
テイラーの提案にフィロソスが神経質そうに眉を顰めて応じる。
「その店にこだわることもないのでは?そこでしか売っていないわけでもあるまいに」
「いえ、実はその通りなのです。ホープ商会の品は自分達が経営する店で売っているか、そこから仕入れて売っているだけで」
くだらないと言わんばかりのオーレングリンの言葉に、テイラーは申し訳なさそうに頭を振る。
彼等はいずれも見目良く家柄も上等な貴公子達だが、その内情はしっかり格付けされている。王族のクレマンドを最上位とし、公爵家のオーレングリン、侯爵家のラグドスと続いて神官のフィロソスは少し立ち位置が違う。テイラーの実家は財産なら彼等に劣るものではないが、爵位が子爵と低いため他の青年達からは見下されがちだ。
そして新年一発目がこれか、って言うね……




