はじかれるもの
「まあ悪気はないんですよ、多分」
ぼやきながら鈴は焦げ付いたフライパンをガシガシこする。
久しぶりにナポリタンを注文され、冷食が切れていたので味が普段と違う、と断りを入れて作っていたのだが。その最中にしつこく話しかけられて一部焦げ付かせてしまったのだ。
「作業中に話しかけるな、と断れば良かろうが」
「言っても聞かないんですよ……」
鈴が言わなくても他の客が「邪魔するんじゃないよ」「仕事中でしょう」と諌めてくれるのだが、当人は「聞いててくれるだけでいいのよ」とか言って一向に堪えない。その癖、鈴が作業に集中していると「聞いてるの!?」とか声を大きくするのでかなり迷惑だ。
本人としては、どうやら鈴と親しくなったつもりらしく、同時に親しい相手なら特別扱いされて然るべき、と考えているらしい。
しかしもちろん鈴にそのつもりはない。そもそも毎日のように訪れるものの、飲み物一杯でだらだら粘られ、時間制だからと請求した金額に何やかんやと文句をつけてまけさせようとする相手と親しむつもりはない。下手に今以上親しくなれば、我が物顔で居座って金も落とさないだろうと容易に想像がつく。
近所に僅かばかりあるファミレスにでも行けばいいのに、そうしないのはどうも一人飯を見下しているからのようだ。
「一人で外食なんて、信じられない!」だとか勝手に気炎をあげていた。あいにく本人も食事に付き合ってくれる友達がいないらしく、この店にくる際も常に一人。家族とさえ同行したことがない。
本来くつろぎ庵の傾向として、単独で長時間の客は問題ない。それこそ飲み物一つで居座られても、時間制の料金なのだから。ただしそれは周囲に迷惑をかけないことが前提条件だ。
お喋り大好きなおばちゃん達も、最低限 のことは弁えている。そしてだからこそ、そうでない彼女に対する視線は厳しい。
「あの人、旦那の仕事にくっついてきたんでしょ?」
「子どもいないらしいんだけど……旦那も弁当も作ってもらえないんだって」
田舎暮らしの恐いところはプライバシーが駄々漏れになる辺りだ。半月ばかりの間に、この客が夫の転勤に付いてきたことをはじめ、その夫の勤め先、住んでいる家、子どものないこと、毎日出歩いてあちこちの店で何にも売ってないだとかサービスが悪いとか騒ぎ立てているとか、見事に知れ渡った。
「あの人、断った方が良くない?」
店の手伝いに入ってくれる母はそう言うものの。
「だからって何て言うの、騒ぐなって言えば一時的には静かにしてくれるし……後多分あの人、他に行くとこないんじゃない?」
「……それはそうだね……何でも旦那も、結構忙しいらしいし」
そんなことまで知れ渡ってしまっているが、当人は逆にどこの店の店員が趣味が悪いだの、美容師が下手だの好き勝手に悪口を並べ立てている。自分がその対象になっているとは思いもよらないらしい。ある意味幸せな思考だ。
しかし周りは不快に感じるのも当然。今では彼女が姿を見せると、露骨に嫌な顔をする者も多いし、中にはわざとらしい溜め息を吐いて出ていく客もいる。
鈴はもちろんあまり声が大きい時は注意するが、どうも本人がそれを本気で受け取らない。ちょっとふざけているだけで、本気で怒られるようなことではないと勝手に決めつけているのだ。
それに対し、元からいる客は彼女を注意するより距離を置く方を選んだ。一部、鈴には「あの人がいる時はちょっと……」とわざわざ伝えていく程。気持ちはわからないでもないが、鈴の立場では如何ともし難い。
「まあ、どこにでも人の話を聞かない……というか自分の都合の良いように物事を解釈する者はいるものよ」
愚痴るでもなくこぼした鈴の言葉に、リアンナはあっさり応じた。
「こちらが何を言おうと自分に都合の良いことしか耳に入らない。そうでないことは素通り。……いくらでもそういう人間はいてよ」
あっさりと語る様子はおそらく実体験。今一つ彼女の出自もはっきりしないが、おそらくそれなりの身分であったらしい彼女には、そうしてすり寄ってくる者達が少なからずいたのだろう。
それに、意外な人物が同意した。
「ああ、確かに。自分ではたいしたことも出来ないヤツほど、自分の都合の良いように物事を捻じ曲げて人に集りたがるもんだな」
「……」
発言者カークスは何気ない様子だが、そのあまりに自然な様子が却って奇異だ。彼の方は明らかに一般庶民、言い方は悪いがどこからどう見ても人が寄りつく権力を持っているようではない。
だが彼もまた、何らかの事情持ちであるのは確かだ。「東部諸国」に抱く複雑な感情は鈴にも察しが付いている。特に特定の国には近づきたくもないと明言するほどだ。おそらくはその国にいる頃に、ろくでもない相手に集られたりと言うことがあったのかもしれない。




