育つもの・1
乾いた土の上に、ピヨピヨと可愛らしい声でひよこがうろついている。こちらもようやく歩けるようになったくらいの子ども達と共に、女性や年を重ねて荒事が難しくなった元冒険者達がその様子を見守っていた。
「……意外に増えるもんだなあ」
「確かに。卵を食えるってのも有り難い」
その辺の雑草や虫、人間の食べこぼし等を食べるだけで鶏はすくすく育ち、雄は一部を残して潰したが雌は卵を産ませるために飼っている。その潰した肉も美味かったし、卵は雌鳥が毎日かなりの数産んでくれるので、開拓村の食料事情は一気に改善された。
稀にそのご馳走を狙って野犬等の野獣がやってくるが、引退した冒険者でもそれくらいは撃退できる。小さな子どもや女性を庇って戦うのは決して楽ではないが、その行為が村という共同体の結び付きを強めているのは確かだ。
鶏肉だけでなく卵も美味しく元気も出ると、育ち盛りの子どもや若い村人にも好評である。ますます鶏を守り、増やすことに熱心にならざるを得ない。
一応リンティスに相談したところ、『こっちで育てればこっちに合った生き物になる』と断言された。仮にも神様の言葉だ、素直に信用してあまり悩まないことにした。
この世界の空気を呼吸し、この世界の草やこの世界の虫を啄んでこちらを世界に馴染むらしい。これも『基本は』同じようなもの、だそうだ。
その微妙に曖昧な言い方は不安を煽るが、文句を言う訳にもいかない。リンティス自身、その辺りは完全に理解しているという訳でもないらしいのだ。
神様とは言っても、実情は万能ではない。彼本人に言わせれば『ちょっと普通とは違う程度の異能が使えるに過ぎない』そうだ。鈴にしてみればそもそも『異能』とやらが想像の範疇外、人外の象徴ではないかとも思うのだが(いい意味で)。
ただリンティスの世界には鈴の世界と違って消毒だの殺菌だのという概念はない。よって卵を生で食べるのは止めた方が安全、と思ったのだが。
「『清浄』の魔法を使えば、悪いものは浄化されるぞ。そうすれば生食も問題はない」
「魔法、って……え、本当にあるんですか」
科学的な技術や認識はなくとも、主観に基づいて使える魔法が、この異世界では最大の奇跡かもしれない。
「でも私は使えませんよね?」
「んー、まあな。使えるようにしとくか?」
何だかこの『神様』もずいぶん気安い性格になってきたようだ。最初会った時の、無機質な様子がいっそ懐かしい。
「って、そんな簡単に?」
「おまえのところでは無理だけど、こっちなら。……後はあの女冒険者、リアンナだったか、彼女なら出来るぞ」
魔法を使えるようになる、というのは極めて魅力的な申し出ではあったが。鈴としては些か不安の方が強かった。リンティスを信用しない訳ではないが、自分にそれが扱い切れる気もしない。
それでもやっぱり不安があったので、本日のランチはスコッチエッグ。茹で卵の回りに肉種をつけるのはちょっと手間だが、食べでがあって結構評判はいい。
「自分ちで作るのめんどくさいもんねえ」
「ああ、そういう……」
身も蓋もないことを言うのは、最近引っ越してきた女性だった。
年の頃は鈴とそう変わらない。この辺りの、地味を競うがごとき女性達とは違って華やかな服装だ。ブランドものらしいが、鈴もその辺はよくわからない。
この辺りは農家が多いが、大体は兼業だ。各種小売店や土建業、最近は学習塾の類いもある。農業の傍らそうした店等を経営するかそこで働くか、が基本だ。全国を股にかける企業もあるし、そこに就職していればちょっとしたステータスにはなる。
他所から来る人というのは、そうした企業の人間が殆ど。所謂転勤族だ。最近は単身赴任が多いと聞くがそうでない場合もあるようで、この客もそうしてやって来た家族の一人だそうだ。くつろぎ庵に来るようになってから一週間ほどだが、毎日のように顔を出してすっかり顔馴染みのように振る舞う。
けれど口を開けば「田舎には何にも無くて」と愚痴るばかりの彼女に、他の常連達は冷ややかな対応だ。
「ほんと、どこ行っても何にも売ってないんだから。ここでご飯食べるのが唯一の楽しみだわ」
「……それは、どうも……」
やたらと人懐こく話しかけてくるが、ぐいぐい来られると引いてしまう程度に鈴もコミュニケーション能力が高くない。当人がどう思っているのかは掴み難いが、周囲からの視線は冷たい。地元を貶す言い方が、住民に反感を抱かせているのだ。それに気付かぬ(或いは気付かぬふり)辺りなかなか逞しいというかふてぶてしい。
鈴にとっては彼女はただの客、最近通うようになっただけの人にすぎない。ただし当人の方は鈴の事情を色々他の客から聞き出し、勝手に仲間意識を抱いているらしい。どんな『仲間』かと言えば、『華やかな都会で暮らしていたのに、故あって都落ちせざるを得なかった』同士、らしい。彼女の中では。
しかし鈴は別に都落ちという意識はない。確かに彼女が夫と暮らしていた首都圏の生活は便利で忙しなかったが、華やかとは言いにくい。仕事と家事に後は趣味で充実はしていたが、インドア派の内向きかつ地味な生活だった。それに不満もなく、今の生活もそれは変わりない。
向こうの勝手な思い込みなのだが、相手もそれを鈴にはっきりいう訳でもないので対応が難しい。あなたも大変ね、とかしたり顔で言われても返答に困る。
「こんな田舎じゃあ、遊ぶところもないしー。ほんと、この店があって良かったー」
「それはどうも」
聞こえよがしに声を張り上げられて、鈴は曖昧な愛想笑いしか出来ない。どうにも扱いが面倒な客だった。




