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「……思ったよりずっと、育ちが良いな」
カークスの呟きは半ば呆然としていた。村の仲間達はいっそう動揺甚だしく、全員言葉もない様子。
彼等の開拓村は、まだ畑も未整備だ。主食になる麦類を育てるには、畑の雑草を抜いたり土を耕して石をどけたりと言った作業が必要になる。
料理によくつけ合わされていた真っ赤な果実は、スーのお気に入りになった。リアンナや他の女性も好いているようで、女性受けするもののようだ。
「単に酸っぱいだけのような気もするがなあ」
「付け合わせとしては美味いよ。リンは簡単に育つというんだが」
「とは言っても種なり苗なりがないことにはどうにもならんだろう」
カークスは今一つ微妙な顔だが、話を持ちかけたフレディにもそれなりの勝算あってのことだ。
「それが、リンが苗を譲ってくれるというんだ。収穫が見込めるなら、店で使う分だけ分けてくれればいいと」
「……常々思うが、あの人甘過ぎないか」
カークスがますます微妙な顔になる気持ちはフレディにもわからなくはない。
辺境の寂れた街道沿いにひっそり建つ店は、こんな土地には不似合いな程度に小綺麗で設備も行き届いている。出す品も滅多にないほど美味い上に安く、貧しい開拓村では生活の楽しみになっている。
だがこの国の外も知っているカークスやフレディには、それが如何に異常なことかよくわかっている。このまだ貧しい国の中はもちろん、大陸の他のもっと栄えている国でもなかなか供されないような料理なのだ。それだけではなく、店内の様々な設備はおそらく高価な魔道具だろう、無料で提供されるお茶や菓子だってとんでもない貴重品に違いない。そもそもここ以外ではあることさえ認知されていないのだから。
「ねえ鈴、この前の実なんだけどね」
「『実』?ああ、あのベリーか。あれがどうかした?」
母の問いに鈴は首を傾げる。
「あれ、直接グリーンセンターに出せば採ってきた人の儲けになるでしょう、何でしないの?」
「……ちょっと、事情があって……直接は難しい」
「事情って……所在が見つかるとまずいとか、稼いでることがわかると酷い目に遭うとか?」
なかなか凄まじい発想力だが、しかし全くの間違いでは辺りが悩ましい。
「ま、まあそんなとこかなー」
「わかりました」
鈴の答えに母は何やら居住まいを正した。真正面に娘を見据えて深く頷く。
「その子、子どもとは限らないわね、その人を支援してあげなさい。私も出来る限りは手伝うから」
「え、えぇっと……な、何でまた?」
「こないだ、行方不明になった子がいたでしょう」
「……何か、噂は聞いたね」
「母親が離婚して連れ帰ったんだけど、育児放棄ってヤツ?面倒見てなかったらしくてね。その上連れ込んだ男が暴力振るったりしてたらしいのよ、ほんと、可哀想にねえ」
目元を押さえる母に何となく気まずくなるのは、当の本人がその記憶を失ってもとりあえずは元気に過ごしていることを知っているからだ。
「まともにご飯も食べさせてもらえなかったらしくて、学校の先生も気にしてはいたんだっていうけどねえ」
まあ今も、鈴の知る限り暖衣飽食の安楽な暮らしではないだろう。それでも他の女子どもと一緒に、森でベリーを摘んだり川で魚や貝等を採ったり色々頑張っているようだ。多分、今の方が食事はちゃんと食べられている。
「いなくなった子には今更何もしてあげられないけど。他の人に何か、助けになれたらと思ってねえ」
「……私も詳しくは知らないんだけど。だけどお金より、自給自足できるようにしたいらしいから……鶏の雛って、入手できないかな?」
「え、鶏?……ひよこよね、んー……」
この世界の金をもらうよりは、そちらの方がいいだろう。或いは野菜の苗とか、その手の食糧生産の基になり得るもの。
養鶏場はあちこちあるが、ひよこを分けてもらうなら半ば工場化しているそんなところより庭先で鶏が遊んでいるようなところの方が望ましい。幸い、母もその手の半農でやっている家は幾らか知り合いがいるようだ。
「どうでしょう、カークスさん」
「……どう、って言われてもな……」
スー経由で相談があると、言われて店を訪れたカークスは、鈴の差し出すものを見て硬直していた。その緊張感も知らぬげに、二人の足元では呑気なピヨピヨ、という鳴き声が響いている。
浅い紙箱の中には十羽ほどひよこが入っていた。餌も水も与えているのでまだ結構元気だ。
「二羽以外は雌なので卵産みます。餌はその辺の雑草や虫も食べるし」
「と、とは言われてもだな。世話は必要だろう?」
「野生動物に襲われないように気をつけさえすれば大丈夫ですよ。むしろ小さい子どもやお年寄りの仕事にしてもらったらいいかな、と思うんですけど」
「あー……じゃあ見返りは!」
頭を掻きむしったカークスが声をあげると、鈴はびくっと身を竦めた。思いがけない大声に驚いたらしい様子に、傍観していたフレディが割って入る。
「カークス、ちょっと落ち着きなよ。鈴がびっくりしてるぞ」
「もう、カークスったら。ごめんなさいね、鈴。この人声大きいから」
慌ててカークスの妻であるスーもフォローに入るのに、鈴は小さく頭を振った。
「いえ、ちょっとびっくりしちゃっただけなんで。カークスさん、迫力ありますよね」
「……迫力、というか……」
気を取り直したように一つ咳払いしてカークスは言葉を継ぐ。
「いや済まん、脅かすつもりはなかった。……だがちょっと、都合が良すぎてな」
きまり悪げに目を逸らす彼に、鈴は足元からひよこを一羽掬い上げた。
「はい、カークスさん」
差し出されたそれを反射的に受け取ってしまって硬直する。その武骨な掌で、ふわふわしたひよこはピヨピヨ鳴いていたが、そのうちそこへ蹲る。儚く頼りない、けれど確かな温もり。
「……見返り、というか。卵をうちに売ってください。今はまだそんなに数がないだろうけど、日に十個が希望です」
オムライスやプリンを売ればあっという間に売り切ってしまう数だが。鈴にはそれで十分なのだ。
「それ以上の卵や、増えた分をさばくのはお任せします。……病気にならなければかなり増えるそうですよ」




