なくしたものとなくせないもの
直接的な描写はありませんが、子どもが死ぬ話があります。事故死。
カララン、とドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませー」
振り返って鈴は小首を傾げる。
店に入ってきたのは、薬師でありカークスの妻でもあるスー。だが珍しくその夫ではない連れがいる。
彼女より少し年上らしい女性だ。ただしその顔色は悪く、生気がない。げっそり、という形容詞がこの上なく当てはまる。
目をしばたたいた鈴に目配せして、スーは連れをテーブル席に座らせた。咄嗟にお冷やではなく、温かいお茶を淹れて運ぶ鈴に小さく頷いたところを見ると、正解だったのだろう。
「はい、どうぞ。何か注文されますか?」
開拓村には女性も住んでいるし、稀には店に来る人達もいる。だがこの女性は多分初めての来店だ。
開拓村はまだ物資も豊かではないらしく、衣服や持ち物も使い古された粗末なものだ。だがそれでも、大概の村人の表情は明るい。少しずつ上向いているという村の状況に達成感を覚え、将来の展望には割と楽観視しているようなのだ。その裏には、さんざっぱら辛酸を嘗め絶望しきった過去があったからこそ、らしいが。
その伝で言うなら、この女性は今まさに絶望の最中にあるように見える。髪も肌も、他の村人がそうであるのとは違う荒れ方だ。そして何より、落ち窪んで隈の色濃い目元が、それを如実に示している。
スーはいったん僅かな荷物を席に置くと立ち上がってカウンターに近づいた。彼女らしくない振る舞いに首を捻っている鈴を手招きして、小声で囁く。
「何か、気持ちの落ち着くようなものを食べさせてやってもらえないかしら」
「気持ちの落ち着く、ですか。……何がありました?」
微妙な注文に眉をひそめた鈴が問えば、スーはいっそう声を潜めた。
「……子どもが、死んだの」
「……。わかりました」
端的な説明に息を呑んだ鈴はそれ以上追求しなかった。
初めて会った客に、どうこう言う立場ではないことは弁えている。だがそんな相手をわざわざスーが連れてきたところを見るに、元気付けたいのだろうとは推察できる。
「それでは、お気に召すかわかりませんが。食べやすいものにしましょう。スーさんはどうします?」
「……卵があれば、あの、おむらいすを頼める?」
「はい、わかりました」
スーは最近、トマトソースのオムライスにはまっている。元々食の細い彼女だが、これは気に入って結構量が食べられるらしい。
もう一人の女性は、明らかに食事が取れていないと見受けられた。強いストレスで食欲が減退する等、珍しい話ではない。子どもを亡くした、ということはおそらく母親なのだ。
こちらの世界は、鈴のそれとは違って人の命がひどく儚いものらしい。特に子どもは、七つを越すのが難しいとも。
日本でもかつては『七つまでは神のうち』とも称し、幼い子どもはまだ神の世界に属する者、とされていたという。それもやはり、幼い子どもが死にやすく育ち難いことの表現なのだろう。
さてオムライスが好物になる程通ってくれるスーとは違って、初めての客に雑炊やおじやは食べ難い可能性が高い。この辺りは基本的に麦が主食で、中でも無発酵のパンが主に食べられているようだ。パスタの類いが僅かに知られている程度。
そうなるとパンをベースに考えた方がいいだろう。パンを使った食べやすく栄養価の高い料理というと、心当たりがある。
卵をといて濾し、牛乳に砂糖を入れて温める。耐熱の器にグラニュー糖を入れてそのままレンジに掛けると、甘い匂いが漂った。
その合間にオムライスも準備する。チキンライスは冷凍食品だが、なかなか美味しいのだ。ちょっと味が濃い目なので、卵にあまり味をつけないオムライスにすると近所のおばちゃん達にも好評である。
粗熱のとれた牛乳を卵と合わせ、小さく切ったパンに染み込ませる。グラニュー糖が焼けてカラメル化した器にそれを入れ、余った卵液も流し込んで後は蒸し焼き。
ブレッドプディングなら、食べやすいのではないかと思う。甘味は貴重らしいし、卵と牛乳なら栄養もあって体調を取り戻すにはいいだろう。
精神的に辛い時は、確かにものを食べられなくなることもある。状況はわからないが、喉を通らない以上に食べることに罪悪感を覚える場合も。
それでも食べなければ、余計に気持ちが萎える。そのことを鈴は経験上弁えていた。




