失ったもの無くしたもの
前回に続き、子どもの死とそれに対する「不謹慎」とも取れる表現があります。ただし、彼の世界にとってはそれが当然であることをご理解戴ければ幸いです。
「おう、こんなもんでいいか」
「そうだな」
仲間の言葉に頷いてカークスは屈んでいた体を起こした。小さな地面の盛り上がりに、用意してあった石を置く。
粗末な土饅頭の下には、彼等の村で生まれて死んだ子どもが眠っている。
「トール、エレンはどうだ」
「ああ、参っちまってるな」
死んだのはこの男と妻の間に初めて出来た子で、まだやっと歩けるようになったばかりだった。ちょっと目を離した隙に家を抜け出し、よちよちとうろついて大人ならなんでもないような段差から転げ落ちてあっという間に死んでしまった。
極論を言えば、子どもは死ぬものだ。カークスが生まれた村でも、生まれた子どもの半分以上は育たなかった。少なくとも彼の故郷ではそれが当たり前だったが、それでも母親達は嘆く。
その辺は男と女の違いなのか、カークスには良くわからない。彼にしてみれば、幼い子どもというのはちょっとしたことですぐ死ぬ、恐ろしく儚く脆い生き物だ。それは仕方のないこと、と割り切ってしまっている。
妻のスーはそんな彼に、溜め息を吐きながらも嗜めたものだ。曰く、母親にとって子どもは大切な、己の命に換え得る存在。例え幾人子どもがいても、その中の一人が病んだり怪我しても心配し、世話を焼くものだ。
増して今回、死んだ子どもはトールとエレンにとっては初めての、そして唯一の子。後々はまた子どもも生まれるかもしれないが、苦労して産み育てた柔らかくて温かいその子どもが二度と笑わぬ冷たい骸になる悲しみは何にも例え難いのだ、と。
カークス自身、人の死は嫌という程目の当たりにしてきた。そのために些か麻痺している部分もあるかもしれないとは思う。
人の生き死に以上に、或いは他者の生き死にを無視して自分達の欲得を振りかざし威張りくさっていた連中も矢鱈に見た。命懸けの戦いの挙げ句にそうした屑に裏切られ、故国を出ざるを得なかった。
今の生活に不満はさしてない、むしろこれから少しずつでも良くなっていくだろうと確信が持てる。先の見込みもない自分についてきてくれたスーを幸せにしたいとも思う。
年齢の割にろくでもない経験ばかり重ねる羽目になったカークスは、判断力やら実務能力やらは鍛えられたが、情緒的な部分が壊滅している。
自覚はあるが、フォローに回る妻はなかなか苦労が絶えない。
「しかし、うちの子はともかく……子どもが減るのはなあ」
「ああ……子どもは増やしたいんだが」
開拓村には他にも子どもはいるが、数はまだ少ない。先々を考えれば、子どもが生まれることその子が育つことは、村が存続するためには必須事項だ。
「……うちは当分、エレンを休ませたい。落ち着くまでは無理をさせたくないんだ」
「……ああ、わかった。おまえもだぞ、無理はするな」
カララン、と耳馴れたドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませー」
開いたドアから顔を覗かせたいつもの男子中学生達に声をかける。彼等は無料のドリンクで粘るので、儲けはないが楽な客ではある。
いつもの三人で、先日の小柄な子はいない。
「はい、どうぞ。今日は三人?」
時間制なので、一人ずつにタイムカードを渡す。これに基づいて料金が決まるが、この子達は大抵最初の一区切りである一時間で引き上げるのが常だ。
「三人、だけど……」
「……この前一緒に来た子は?また来るかと思ったんだけど」
顔を見合わせる彼等に何となく不穏なものを感じて問えば、子ども達はちらちら目配せを交わした。
「……あ、アイツは……一応、同級生なんだけど」
「最近、ずっと休んでてさあ」
口々に言うところに因れば、この前同行した彼は同級生ではあるものの、特に親しい付き合いではないらしい。元々ちょっと孤立気味で、先日はたまたま早く帰れるというので盛り上がったついでに声を掛けてみたらついて来たのでむしろ驚いた、とも。
確かに端で見ていても、あの少年はそういう雰囲気があった。コミュニケーションが上手く取れておらず、同級生達が掛ける言葉にも返答出来なかったり、口ごもったり。また、自分からは全く口を開かなかった。
彼等も、その同級生が家庭で蔑ろにされているのは薄々感じていたらしい。学校への提出物や給食費もいつも遅く、制服類や靴もつんつるてんなのにいつまで経っても新しいものに換えてもらえない。仕舞いには教師が気の毒がって学校に残っていた忘れ物を渡したりしていたようだ。
田舎のことで、本来なら問題になりそうなそうした行為も見ない振りで黙認されていたらしい。肝心な保護者は学校からの再三の呼び出しにもまともに応じないし、担任教師相手の怒鳴り合いを演じたこともあるとか。
学校側は児童相談所に協力を要請していたかもしれないが、それがどうなっているのかは良くわからない。
「近所に住んでる子なの?」
他の中学生は、皆この辺りの子どもだ。鈴はおばちゃん達と違ってさほど詳しくないが、大体どの辺りの家の子かは把握している。しかし問題の子どもは、そのおばちゃん達の情報網にも殆どかからない存在だったという。おそらく片親の二人暮らしで、親の方は正業についていないのではないかというのがおばちゃん達の推測だった。
「家は知らない、俺等も行ったことないし」
「あ、でも俺休みの日に会ったことあるよ」
「えっ、どこでだよぉ」
「国道の向こう、ほら、土手に行く方の。見たの車の中からだけど、あいつだったよ」
「……」
その少年の言う内容に沿えば、問題の子どもが住んでいるのはこの何年間かで一気に住民が減った地域だ。田舎と言っても所謂散村形態、田畑の合間に住宅が点在している。その中でも人の減りが著しく、空き家が点在して治安もこの辺りにしては怪しい。




