世界の事情・2
そのスキルとやらを、実感する羽目になったのは『こちら』でのことだった。
「鈴ちゃんちょっとこれ、助けてちょうだい」
近所のお婆ちゃんが何やら細長い箱を抱えて訴えてきた。
「何それ……鮭?」
進物としては定番だが、この辺りでは丸一尾の鮭など売り場でも滅多に見ない。そのお婆ちゃんも一人暮らしだというのに、付き合いがある遠方のお華の先生から何かのお礼に贈られたそうだ。
「こんなおっきなの、さばけないし一人じゃ食べ切れないわー。どうしよう」
「と、とりあえずここでさばけるかやってみようか」
カウンターの内側、調理台に横たえると実に大きい。鈴も鯖や鯵くらいなら経験はあるが、この大きさは未体験だ。
だが、持ち出した包丁を当てた途端。
「……」
「あら鈴ちゃんすごいすごい」
量産品のステンレス包丁は、さくさくと大きな鮭を切り分けた。どこへどう刃を入れたらいいのか、力の入れ方込みでわかる。筒切りにしても背骨まで綺麗に切れてしまう、普通の包丁ではこうはいくまい。或いは普通の腕前では。
「一人じゃこんなに食べ切れないから、鈴ちゃんにお裾分けするわ。お店で出してよ」
当人がそう言って三切ればかり持って帰ってから鈴は溜め息を吐いた。
鈴自身、料理は大して上手くはない。逆に言えばだからこそ、店で出す料理を出来合いの半調理品だのレトルトだのにしているのだ。
しかしリンティスは端から鈴の料理を自分の世界の住人に食べさせたいようではあった。それならもっと料理上手な人間はいるだろう、と思うのだが今のところリンティスは彼女の出すものは気に入っているようだし、鈴もリンティス始め異世界の住人に料理を饗するのは楽しい。誉められ過ぎて居心地悪い時もあるが、美味しく食べてもらえるのは嬉しいことだ。
このところ、その意味では開き直っている。出来合いでも手作りでも美味しく食べてくれるなら何よりだし、出来るだけのことはしよう。
それは、こちらの世界でも同じこと。
「今日のランチは鮭のホイル焼きです。進藤のおばあちゃんに鮭いただいたの」
お使いものにするだけあって鮭は身が厚く塩加減も昨今流行りの薄塩で、どんな料理に使うにもいい感じだった。簡単にホイル焼きにしてみたが、脂ものっていて合わせた玉ねぎやキノコも美味しく仕上がった。ランチメニューもまずまず好評。
「ホイル焼きなのは何で?」
「準備しやすいから、かな。味付けも決めやすいし美味しいでしょう。あ、塩気が甘かったら醤油かけてもいいしレモンも合うよ」
母の疑問に返しながら、その前にランチのセットを並べる。
ランチタイムもそろそろ終わりの頃にやって来た母が昼食がまだだというので出している。
客の評判も悪くなかったが、普通に焼いた方がいいという意見もあった。店で出すからにはそれなりに手を加えたいのは、鈴のこだわりでしかない。
「アラもあるから、粕汁とかもいいかなあ」
「ああ、そうねえ。……って、何、アラがあるって鮭どれだけもらったの?」
「進藤のおばあちゃん一人暮らしだから、三・四切れしか持って行かなかったんだよね。残りもらったの」
ランチには十分過ぎる量だが、一人暮らしのお婆さんでは使い切れないに違いない。
残りの一部をほうれん草とクリームシチューにしたら、『向こう』でも好評だった。スーやリアンナはもちろん、普段あまりいい顔をしないカークスもずいぶん気に入っておかわりまで欲しがる程。
「これは、美味いな。何が入っているんだ」
「牛乳……牛の乳ですよ。温まるし腹に溜まるでしょう」
この開拓村でも、将来は酪農も予定しているそうで今は育て易い山羊を飼おうと探しているそうだ。もう少し落ち着いたら牛や羊も、と希望しているようだが、まだ先は長い。
「牛か……いいな、牛は畑を耕す力もある」
「羊なら毛も採れるでしょう。山羊も毛は刈れるのでは?」
家畜が育てられれば暮らしはだいぶ楽になるだろうし、狩猟や畑作に加えて生活の柱となる。一つ一つの産業はまだ頼りなくとも、それを増やすことでリスクは分散できるはずだ。
「あっ、そうだ。……ここから海って遠いんですか」
ふと思い出して鈴は口にした。
カークス達は森や山で狩猟を行っている。そこで獲られる成果は自分達で消費したり余れば他の村へ持ち込んで物々交換したりしているそうだ。だが魚介については、知識はあっても実際には殆ど口にしていないらしい。川があって淡水魚はいるのだが、それもあまり食用にはなっていない。量が少ないとかではなく、川の魚は食べるものではないと思われているようだ。
「海、か。少し距離はあるが、行けない程じゃない。……何より美味かったからな、行って来てもいい」
真面目な顔で頷いても、シチューの皿をパンで綺麗に拭っていては今一つ格好がつかない。かといって周りもそれを突っ込む程無粋ではなかった。
「是非お願いします。……魚だけじゃなくて貝とか他の生き物や、海藻も採れたらお願いしたいです」
「……生きてる方がいいのか?」
「魚は難しくないですか?新鮮な方がもちろん嬉しいけど、無理なら構いません」
正直な鈴の言葉にカークスも素直に頷く。
「あら、だったら私も行くわ。漁には役に立たなくても、持ち帰る時は使えるわよ」
リアンナの発言にスーもにこにこ首肯する。
「そうですね、リアンナさんなら保持の魔法が使えますもの。ご一緒していただけると嬉しいわ」
きゃっきゃと楽しげな女性陣にカークスは眉をひそめたが文句は言わなかった。
代わりに、リアンナの連れであるフレディが頷く。
「そうだな、我々も同行させてくれ。どうせなら、人数がいた方がいいだろうしそれに海岸辺りの状況も確認しておきたい」
「……好きにしろ」
投げやりに応じたカークスはほどなくスーを連れて帰ってしまった。その後になって、フレディは苦笑混じりで言う。
「カークスさんは、下手な冒険者等より遥かに腕が立ちますからね。着いて行って勉強させてもらいたいんです」
「はあ……あ、でもフレディさんやリアンナさんは現役の冒険者ですよね。ギルドに依頼出したりした方がいいですか?」
わからないなりに鈴もこの世界の話は聞いた。その中には、冒険者に仕事を頼むのにはギルド……冒険者ギルドを通さねばならない、という話があったように思う。
「ああ。大丈夫です、その辺の事務処理はリアンナがやってくれます」




