美味しいものが食べたい
今年は天候不順や台風が多かったりして、未だに野菜が高い。この辺りは台風の直撃は受けなかったものの、やはり例年よりは高めらしい。
「葉物野菜はこれからが本番なんだけどなあ」
JAのグリーンセンターで買ってきた白菜は、そこそこ大きいが思った以上に値が張った。小鉢代わりに白菜と豚バラの蒸し煮を付けようと思い立ったはいいが、くじけそうな出費である。他の葉物野菜も軒並み高値で、ロールキャベツもしばらくは難しいなあと鈴は頭を抱えている。
白菜を剥がして洗い、豚バラと重ねて鍋に合わせて切ったらその鍋に隙間なく詰め込む。簡単でかつ美味しい冬場の定番だ。ポイントは水分はあまり入れないで、蒸し煮にすること。白菜の水分だけで甘く柔らかく食べられる。他の野菜を足しても美味しいが、人参はちょっと個性が強いかもしれない。鈴には美味しいが好みは別れるだろう。
「人参入ってない方が良くない?」
例えば母は匂いの強い野菜は全般的に嫌いだ。人参だけでなくピーマン、春菊・セロリと軒並み苦手で子どもの頃は食卓に上らなかった。
鈴も香菜、パクチーは苦手である。他は割と食べられるようになったし、セロリは中華風に炒めると美味しい、春菊はたっぷりの胡麻を合わせるのが好み。ピーマンもいろいろ調理方法を知ったら克服できた。
匂いの強いこれ等の野菜は、油を使って調理するのが一番無難で美味しい。中でも最近のヒットはピーマンをツナ缶と合わせて電子レンジに掛ける、お手軽ながらご飯に合うネット発の常備菜だ。
「人参、彩りにはいいんだけど」
白っぽい豚バラと白色と薄緑の白菜だけでは、色合いが寂しい。鮮やかな橙の人参はその点でも重宝する。ポン酢か何か掛けて食べるのだが、店で出すなら彩りも少しは気遣いたい。まあ、出来ることを出来る範囲で無理しない程度にやるだけ、なのだが。
「今日は主菜が魚でさっぱり系だからね。副菜はしっかりめに」
主菜が例によって業務用ではこだわってもしょうがない。今日は安売りを見つけた白身魚の南蛮漬け。味はまずまずだったのでパプリカと玉ねぎを足して彩り良く仕立てた。
もう一つの副菜は里芋の煮っ転がし。これは味に好みがあるとは言え、嫌われない定番だ。その意味では頼りになる。
「だったら味噌汁には油揚入れないでさっぱりした方がいいと思うけど……」
「うーん、ここで大根使おうと思ったんだけど」
鈴の個人的な好みとして、大根の味噌汁には油揚を入れたい。淡白な野菜にこくを加えてくれる油揚はなかなか他には代打が見つからない具材ではある。
もっとも母の好き嫌いにばかり付き合ってはいられない。最近良く顔を出す辺り、実家でも何かしらあったのかもしれないが、鈴の方から口を出す気はない。自分は既に家を出た人間だ、という意識が強い。
ただ、店に来ることで息抜きになるならきてもらうのは構わない。母だって逃げ場は必要だろうし、母の実家も去年兄弟が亡くなってどうも行き辛いようだ。
「鈴ちゃんこれ、この白菜美味しいねえ」
「美味しい?良かった」
「この歳になるとお肉はあんまり食べられないけど、これくらいならねえ」
「お肉は出汁みたいなもんだから。少し脂っ気があった方が美味しいよ」
そのせいか、時々店の手伝いをしてくれるようになった。母は元々この辺りで生まれ育った人間なので、顔見知りも多い。付き合いも広く何かと縁があるらしい。
大半の客である高齢者は老夫婦二人暮らしとか独居老人だったりして、寂しく代わり映えしない日常を送っているそうだ。だからこそ、互いの家を訪ね合いだらだら喋りながらお茶を飲む、それだけのことが楽しみで、しかしなかなかそれも出来ないでいたことに気落ちしていた、とか。
くつろぎ庵には近所の誰かしらが来ているし、よしんば誰もいなくとも鈴はいる。他愛ない言葉を交わすだけでも十分らしい。
またそうした老人達は食事も代わり映えしないあっさりしたものを好む。基本は野菜に豆腐、たまに魚程度。年寄の嗜好がそうなり勝ちなのはわかるが、たんぱく質や脂肪だって必要だ。
「鈴の好きにしていいぞ」
リンティスはすっかり箸使いが巧みになった。今も器用に焼き魚をほぐしている様子は危なげなく、慣れたものだ。
この辺りは国内でも最も西部に当たる。海もあるが、漁業も盛んとは言い難く、まだ海鮮は普及していないそうだ。
「せっかく美味しいお魚あるんですから、皆さんに食べてほしいですよね」
揚げるには油が一定量必要だ。それなら最初はもっと簡単に、塩焼きでもいいと思う。主食である大麦のパンとの相性も悪くはない。
魚を食べる習慣がないなら、いっそ自分達で捕ってきてもらうのはどうだろう、という鈴の提案にリンティスはあっさり同意した。事のついでに『スキル』を付与してやろうとまで言い出す始末。
「……『スキル』、ですか?」
「鈴のおかげで少しずつ私の力も増えてきたしな。本当は最初から、その程度は持たせるつもりだったが……」
要は、初めのうちはそれだけの力がなかった訳だ。最近になって鈴とその店をこの世界に存在させる以外の加護も与えられるようになってきたらしい。
「とりあえず最近は、『鑑定』と『解体』でいいか」
「……何が、出来るようになるんですか」
鈴もまあ我が身に起こった出来事を踏まえ、異世界転移だの転生だの、或いはその手のファンタジー系小説は読んでみた。大概のフィクションに比べれば、ずいぶんと危険も少ない代わりに派手な動きもない、長閑な日々だ。一日に二組三組くらいと客が少ないのと、鈴が全く店から出ないせいだろう。店の敷地内はリンティスの聖域だそうで、安全は保証すると言われたものの怖じ気づいていたのが実際のところ。
おかげで『スキル』にも見当がつく、『何か』出来るようになるのだろう。根っからインドア派の鈴は別に外で冒険する程の能力は求めていないが、全く外出できないのもまずいかもしれないとは感じていた。
「まず『鑑定』は、それが食べられるかどんな効用があるかがわかる能力だ。大抵の素材は見分けがつくようになる」
「素材、って……獣肉とか野草とか、魚介とか?」
「それ等全てだな。どうやって食べるのが美味いかもわかる。ちなみに『解体』は、その食材になるものに対して発動するスキルだ。食材に向かって発動するだけで調理できる状態になる」
「はっ?えっ何それ怖い」
さらりと宣うリンティスに思わず鈴はおののいた。
神様はあっさり言ってくれるが、普通に考えれば結構おっかない話ではないだろうか。『食材』と判断したら『解体』できてしまうのなら、例えば牛とか鯨みたいな大物はどうだろうか。よもやまさか、生きているものはその対象に入らないだろう、と思うのだが。
鈴の戸惑いにリンティスはけろりとしたものだ。
「大概の生き物は食材になるからな。この世界だと大角山羊という、鈴の世界だと……馬だったか、特に重量級の、あれくらいの大きさの生き物が特に珍重される」
「えぇぇー」
リンティスの説明によれば、食材かどうかの判断は鈴の意思によるらしい。お勧めは最初に基準を決めておくことだと言われた。判断が揺らぐとスキルが育ち難いのだそうだ。
もちろん今の鈴のスキルはまだごく初歩のレベル。リンティスが力を得、鈴自身スキルを使っていく毎に育ち進化するのだという。




