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彼女の事情・リアンナ1

大陸の最西端、トゥトゥミーア国は、まだ未開の土地が多い。何年か前に神託が降り、他国からの移民を多く受け入れている。そのため、国内には人種が入り交じり、かなり雑多な賑わいがあった。

ただしそれは東部、他国との国境に近い辺りに限られる。トゥトゥミーア国は他国から入国する者を拒まないので、自国から出た者や故あって出ざるを得なかった者、更には国を逐われた者が流れ込むのだ。

トゥトゥミーアは他国に比べ、人口も少ない。他国からは、未開の野蛮な国柄と言われることも多い。しかし実際は人口の少なさ故に発展が滞っているのが現状だ。野蛮というほど人心は乱れていない、というか乱れる程の余地がない。数少ない住民は自分達の生活に精一杯で他人をどうこう詮索している余裕はないのだ。それが、事情を持つ身には有り難い話でもある。

今はリアンナと名乗る彼女には、生まれ持った歴史ある家名と十分な教養がある。けれどそれ等全て、そしてその名も血の繋がった家族や親しい友人、何もかも捨てて国を離れねばならなかった。

それを悔いる気はない、惜しむようなもの等なく、今の立場に納得している。

風にも当たらぬお嬢様として育ちながら、護身のため剣を学び魔法を身につけた。それはいつか、自分で身を立てるために必要だと理解していたからだ。

『リアンナ、おまえはあの方の婚約者として十分なものを身につけねばならない。……だが同時に、その全てが無駄になったとしても生きてゆけるくらい、強くなりなさい』。かつて彼女の父はそう語った。

彼女の故郷テヴァルトレイル王国には幾つか『神の御業』と呼ばれる奇跡の伝承がある。その中には、『非の打ち所のない女性は幸福とは縁遠い』という、何やら呪いめいた伝承もあるのだ。曰く、『身分は低くとも愛らしく素直な娘は、身分高く美貌に恵まれ才長けた女性よりも愛される』という。テヴァルトレイル王国に限っては寓話でも比喩でもなく、現実である。

実際リアンナが出奔したのも、正にその故だ。だがそれは既に過ぎたこと、今更どうこう文句を言う気はないし故郷へ帰りたいとも思わない。

冒険者暮らしは不自由なことも多いが、堅苦しい儀礼に縛られた貴族生活にはない類の自由がある。そこで自分らしく生きていこう、と心に決めた。

同行者のフレディは、彼女にとっては昔馴染みだ。見捨てられてもおかしくなかったが、彼はリアンナを誘い、共にこの地で生きようと言ってくれた。深く感謝しているし、それだけではない仄かな想いも感じ始めている。

ちなみにリアンナの魔法はさほど強力なものではない。基本は防護や解毒、治癒の魔法で攻撃には向かないが、仲間を含めて身を守り魔法での攻撃にも対抗可能なもので、冒険者としては有用極まりない技術だ。

その辺りに自覚があるからこそ、冒険者として身を立てる覚悟も出来たのだ。それでもさすがに、初めてトゥトゥミーアに入り、西部の未開の土地を選んだ際は幾分心細かった。野宿には慣れても、殺風景な街道に気持ちは疲れ、温かい食事が恋しくなったりもした。

そんな折に出会ったのが不思議な店、くつろぎ庵。辺鄙な街道脇の半端な位置にあるその店は、実に変わっていた。建物の様式自体が、貴族令嬢として一般的以上の教養を積んだ彼女の知識にないし、そもそも店の立地も不可解である。店の主、リンという女性は穏やかににこにこしているが、とても教えてもらった年齢には見えない。何より不思議なのは店で出す飲食物だ。席料として払う金額で出される一皿の菓子と好きなだけ飲んでいいという飲物も、そういう水準の品ではない。一口大の焼き菓子や果汁を使った菓子、或いは塩気の効いた乾きもの。

テヴァルトの街に行けば高級と冠される菓子屋は幾つもあるし、リアンナもかつてはそれ等の店の商品に満足していたが、くつろぎ庵で出す品は別格だ。ジャムを乗せたりクリームを挟んだりしたクッキー、ほろ苦く甘いちょこれーと、とやらを塗った細長い菓子やちょこれーとや各種ナッツを練り込んだもの。芋やパン生地に似たもの等を揚げた各種の揚げ菓子、塩っぱくて香ばしく歯触りのいい各種の乾きもの、果ては別料金のパンでいろいろな具材を挟んだ料理等。

特に最初の夜に食べた、燻製肉とチーズの温かなものは美味しかった。リンはほっとさんど、と呼んでいるそれはあれからも何度か頼んで作ってもらった。彼女が言うには、基本の材料なので大体何時でも作ってくれるらしい。魚を揚げたものやたっぷりの野菜を入れたものなど、いずれも美味しかった。

もっとも一番不思議で不可解なのはリン自身だ。見た目の若さはもちろん、着ている衣服や身につけているものも見たことがないし、まず何よりこの大陸に住む者とは人種が違う。黒髪黒目は少ないとは言えいない訳ではないが、彼女のような茶系の黒目はまずいない。肌の色や質感、顔立ち……明らかに『違う』人種だ。

リアンナは魔法には習熟している。その技能の中には、他者の魔力を測ることも含まれる。その目で見てもリンは他の誰とも違う。実は後から気付いたのだが、くつろぎ庵は全体に濃密な魔力が充ちている。中でもリンは、その魔力に守られるように幾重にも包まれているのだ。本人は気に止めてもいないようだが。

この世界の人間には、誰しも魔力が備わっている。その量に多寡はあり質にも幅がある、けれど全く魔力を持たない者はいない。それはこの世界で生きる存在にとって欠くべからざる資質、とリアンナは聞かされているが。

リンはある意味この世の存在ではないのだろう、彼女の店、そこで供されるもの、それ等は浮き世離れしているが最もあり得ないのが彼女自身だ。濃密な魔力を纏いながら自身は何の力も持たない。他者の魔力を纏い、そのことを気付いてもいない様子は、おそらく彼女個人としては全く魔力を有しないのだ。

最初はリアンナも彼女に対して警戒心はあった。けれどおっとりと親切で美味しいものを出してくれ、文字通りくつろがせてくれるリンに悪意は感じない。リアンナやフレディ、或いはカークス達等、人の話を興味深そうに聞いて頷いてくれる。悪天候の日には日がな一日店内でぐずぐずしていても文句は言わない、時間制で料金は請求するが時間が長いと割り引いてくれる。とても居心地のいい場所なのだ。


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