第9話 触ってもいい?
「あはっ。浜松、顔真っ赤じゃん」
「うっ……」
顔に出てしまったのなら完敗だ。
なんで私が自分の得意なフィールド(ゲーセン)で、同級生から押されているのだろう。
「浜松、かわいい」
「えっ」
目の前の美少女に褒められている。
ニヤニヤした顔が迫ってくる。とさかちゃんが間に入ってぎゅっと押しつぶされた。
「そ……」
「そ?」
「そんなことない……」
「ふふふー」
気まずい。
誤魔化すように横を向くと、クレーンゲームの中にある、とさかちゃんと目が合った。
このガラスが鏡じゃなくて良かった。
きっと痴態を晒していると思うから。
「ねぇ。浜松、こっち向いてよ」
「やだ」
「えー。見たい見たい見たい」
谷田貝さんが子どものように連呼する。
きっと今、キラキラした瞳で、こっちを見ていることだろう。
根負けして、彼女と向き直る。
とさかちゃんで隠れてあまり見えなかったけど、まるでデビルのしっぽが生えていそうな谷田貝さんがそこにはいた。
まいったな。
私は少し俯き、髪を耳にかけた。
完全に無意識のうちにした行動だった。
「あれ、それって……」
彼女は低い声を出す。
「何?」
「……浜松ってピアス開けてるの?」
あっ。ヤバい
学校でも気をつけていたのに。
反射的に耳を隠した。
でも今さらもう遅かった。
「……うん。そう」
私は逃げるのを諦めた。
「……めっちゃ、開いてるね。何個?」
「4つ」
左右の耳にそれぞれ2つずつピアスを開けていた。好きなアーティストが開けていたから、完全に興味本位。自分で針を刺して開けた。
普通に校則違反だから、いつもはおかっぱの髪で隠している。
先生に見つかるかもしれないと思ったこともあるけど、今まで何も言われたことはなかった。
よほど真面目で無害に見えているのか、そもそも注意されたことすらなかった。
「かっこいいじゃん。なんていうか、ギャップ?っていうのを感じた」
谷田貝さんの視線は私の耳から離れない。
「ねぇ……。触ってもいい!?」
「はぁ!?」
彼女はとんでもないことを言う。
また、顔が赤くなるところだった。ここは断るのが普通だ。
だけど——。
「……別にいいけど」
なんでかわからないけど、そんなことを言ってしまっていた。
多分、かっこいいって褒められたからかも。
一日に、かわいい&かっこいいの言葉を浴びせられたのは生まれて初めてだ。
谷田貝さんは私に"初めて"ばかりをくれる。
私がつけているピアスは、ダイヤモンドをモチーフにしたシルバーとグリーンのピアスだ。
彼女がそっと私の右耳に触れた。
ゾワっとした感触に、背中に鳥肌が立つ。
だけど嫌じゃない。気持ちいいと言ったら誤解になるけど、谷田貝さんの指は私の耳にフィットしていた。
「わぁ。ゴツゴツしてる」
ふにふにと私の耳たぶを優しく攻める。
まるで猫の赤ちゃんが前足でお母さん猫からお乳をもらうようなしぐさだった。
私は彼女にバレないように吐息を漏らす。
「ねぇ。これ、痛くないの?」
「今は痛くない」
「ってことは、開ける時、痛かった感じ?」
「うん……」
ピアス穴を開ける時、一瞬だけど、強い痛みを感じた。
だけど、ご飯を食べて一晩寝たら、痛みのことなんてすっかり忘れていた。
「浜松、大人じゃん! あたし、痛いの嫌だもん」
「一瞬だけだよ。チクッとするのなんか」
「あたし注射もダメだもん。だからすごいよ。うん。かっこいい」
谷田貝さんは怪しく私の耳を触り続ける。
これって、わざとなんじゃないかな。
きっと私の耳だけ今、赤い。彼女が指摘しないのは、ピアスの方に意識がいっているからだろう。
自分より背丈が低い女の子から耳を触られている。どんなプレイだ。
ここのゲーセンが、学校から遠くて良かった。クラスメートに見られたら、きっと変な噂が立ってしまうだろう。
私は視線の置き場所に困っていた。大人しく目を閉じる。
……だって、谷田貝さんとキスできるくらい近いから。
どこを見たらいいかわからない。もうどうにでもしてくれと言わんばかりに、そっと肩の力を抜いた。
「……ひゃん!!」
私の口から自分のものとは思えない声が出た。
思わず手で口を閉じる。
目を開けてみると、耳の近くにとさかちゃんがいた。
ぬいぐるみのふわふわとした感触により、情けない声が出てしまった。
「谷田貝さん……」
「ごめん。つい!」
にこっと笑顔で、私から離れた。
彼女はいたずらっ子なのだ。
はぁーっと、一つため息をつく。
さっきから、私の心臓は静まる気配がない。
あれ。
……そういえば、今何時だろう?
ポケットに入れていたスマホを見た。結構、ここに長居していたようだ。
「……私、帰るね」
「えっ。なんで? 気ぃ悪くさせちゃった?」
谷田貝さんは下がり眉だった。心配そうにオロオロしている。
「いや違くて。バイトの時間がもうすぐだから帰るね」
「……浜松、どこでバイトしてるの?」
「そこの角を曲がったところの喫茶店」
「へぇ。近いんだ」
谷田貝さんが考え込む素振りをする。
なんかとてつもなく嫌な予感がする。
「じゃあ、そういうことだから」
「うん」
彼女は素直に答えた。
……。
「……ねぇ。谷田貝さん、ひとつ質問してもいい?」
「どうぞ」
「なんで、ついてくるのかな?」
ゲーセンを出ると、彼女はちゃっかり私の隣に並んだ。




