第8話 かわいい
「とさかちゃんのことになると熱くなっちゃうみたい。ねぇ。浜松、今の忘れてくれない?」
「……」
「その顔は、骨の髄まで刻み込んでやるって顔ね!」
谷田貝さんには、私がどう見えているのだろうか。
「……まっ、いっか。浜松なら誰かに話を漏らすこともなさそうだしね」
彼女は一人納得して、背中を向けた。
谷田貝さんの土下座は、私だけが見たものだ。その特別感を失いたくなくて、誰にも言うつもりはなかった。
彼女が再び、私に向き直る。
「あたし達、"初めて"を分け合った仲間だね。ウケる」
……。
「それってどうなの? なんかエロティックじゃない?」
あれ。
時が止まった気がした。
「……ちょっ。浜松、そのワードセンスって何? 昭和?」
「……だって、谷田貝さんが初めてとか言うから」
「そんな深い意味ないよー。……って言いたいところだけど、浜松が指摘するからさ。なんか、恥ずかしくなってきたー!」
谷田貝さんは、とさかちゃんの"とさか"の部分に顔を埋めた。
「……っていうか、谷田貝さんは男女関係なく友達も多いから、ぬいぐるみなんか貰いなれてると思った」
少し話題は遡る。
ふわふわとした空気感に耐えきれず、私は話を逸らすかのように、別な話題を口にした。
新しい話題ではない。過去に戻るような話題。
そんな些細なことからも、自分のコミュニケーション能力の無さを、まざまざと思い知らされた。
「うん。まぁね。友達とゲーセンに行ったことはあるけど、わざわざ何かを取ってもらったことはないかな?」
「そうなんだ」
谷田貝さんは特に突っ込むことなく、素直に答えてくれた。
「……あっ。ごめん! そういえば、木梨くんがあたしに、メロマイちゃんのぬいぐるみを取ろうとしたことがあったっけー。でも結局、失敗して、それきりかなー」
木梨くんは、クラスメートの男子だ。サッカー部。すらっと背が伸びていて、女子人気も高い。
「ふーん」
谷田貝さんくらい交友関係が広ければ、男子と遊ぶこともあるだろう。
だけど、少しだけ面白くない気分になったのも確かだった。
「何、その塩対応」
「別に。私はいつもこんな感じだよ」
「まぁ。それはそうかもしれないけど」
谷田貝さんは話を続ける。
「ってか、木梨くんって下心ありありで、あたしにぬいぐるみ取ろうとしてたっぽいもーん」
「……そうなの?」
「うん。その後、告白されたし。断ったけど!」
彼女はやけに明るく言った。
「その点、浜松は下心とかないでしょ? 女同士だし。純粋な気持ちで、とさかちゃんを取ってくれたよね。だからそれが、あたし、なんか嬉しかったのかもなぁー」
谷田貝さんはぬいぐるみを、さらに強く抱きしめた。
……彼女の言うことは一理あった。
私は谷田貝さんと付き合いたいなんて思っていない。断じて。
目の前で、同級生がクレーンゲームで3万円を無駄にしていたから、つい声をかけていた。
「なんかね、あたしって人気者じゃん?」
「自分で言うんだ」
「ふふっ。言っちゃうよ」
谷田貝さんは、一歩私に近づいた。
枝毛ひとつない髪が、さらりとなびいた。
「変に目立っちゃうと、知らない人まで興味を持って寄ってきちゃうんだよ」
「そうなんだ」
「うん。あとは樽井くんとか。委員会も違うし、席も隣になったことがないのに"ひかるー"とか馴れ馴れしく呼び捨てにしてくるの。めっちゃいい笑顔で」
私にはわからない世界だった。
樽井くんは少し悪っぽい雰囲気がある男子だ。先生ウケは悪いけど、一部の女子に人気なのは知っている。
ちなみに私は、樽井くんとは目すら合ったことがない。
谷田貝さんの表情が曇っていた。
「顔や名前もわからない男子からも、告白とかされちゃうし」
「うん」
「そんなの、あたしじゃなくてもいいんだよ。みんなが見てるのは、外側だけだから」
「まぁ、そうかもね」
軽く言ったつもりだった。
谷田貝さんは目を大きく見開く。唇がへの字になっていた。
彼女はきっと、そんなことないよと言われたかったのだろう。
でも——。
「人を知るなら、最初や見た目や雰囲気から入るのが自然だよ。私だって、谷田貝さんと言えば、ツインテールって印象が付いたし」
「へっ?」
谷田貝さんは素っ頓狂な声を出す。
「その髪型のおかげで、後ろを向いていても谷田貝さんだってわかる」
「どうも?」
「……それに、かわいさを武器にするのも一つの戦略だと思う。動物の子どもだって、大きな目や愛らしい姿で守ってあげたいと思わせるのは、生きていく上で有利だから——」
「ちょ、ちょっと! 待って。ストップ」
谷田貝さんは、私の顔の前に右手を突き出した。
もう少しで鼻先に触れるところだった。
「浜松、もしかしてあたしのこと慰めてくれてるの?」
「……っ」
「ふーん。そっか。熱意は伝わった。とりあえず、ありがとう」
彼女は手を下げると、そのままとさかちゃんの頭を撫でた。
一回、二回、三回。
毛並みが整う。
「ちょっと愚痴っちゃった。あたしらしくないね。……なんでだろう。浜松は話しやすいからかな」
「そんなこと初めて言われた」
「やった。また"初めて"貰っちゃったっ」
「土下座に続いてだけどね」と、谷田貝さんは続けて言う。
「……ってか、今さ!!」
彼女はぐいっと顔を近づける。私は気迫に圧倒されてしまい、反射的に退いた。
「あたしのことかわいいって言った!?」
「……!」
「ねぇ、答えてよ」
「い……」
正確には、言っていない。
だけど、心の中でそう思っていたのは事実だった。




