第7話 お願い
「暇だったから来た!」
「……」
「あっ。とさかちゃん♪ 今日もいるじゃんっ。相変わらず、かわいいね!」
谷田貝さんは透明なガラスに手をつけて、甘い瞳でぬいぐるみをじっと見つめた。
「あたしね、そっちの泣き顔バージョンも欲しいんだよね」
「……どれ?」
「その奥にあるやつ! ほら、とさかちゃん涙流してるでしょ!」
谷田貝さんの隣に並び、まじまじと見る。
確かに、奥の方に、無表情バージョンとは違うタイプのとさかちゃんがいた。
心なしか、泣き顔バージョンの方が在庫が多く残っている気がする。
「全2種類なら、コンプリートしたいっしょ♪ よーし!」
谷田貝さんは両替機に向かった。
まさか。
戻ってきた谷田貝さんは、投入口に100円玉を入れた。
『スタート!!』という掛け声を合図に、彼女はアームを動かした。
……結論から言うと、やっぱり谷田貝さんは下手っぴだった。
一向に泣き顔のとさかちゃんがゲットされる気配はない。
「くぅぅぅ!! うううぅううう!!」
「はぁーーー!?!? なんでなのよーーー!」
「悔しいーーー!! バーーーカ!!」
谷田貝さんの口はどんどん悪くなっていく。最後は、右に左にツインテールを振り回していた。
私はその姿を見て、本当にとさかちゃんが好きなんだと感心した。
「はぁはぁ……」
谷田貝さんが、チラッとこっちを見る。目と目が合った。
「浜松、あのね」
「うん」
「……これ取れる?」
「頑張ればいけると思う」
「そう……」
谷田貝さんは大きく息を吸い込んだ。
「これ、浜松が取ってくれてもいいんだけどーー!?」
「な、何、その言い方!」
ずっこけそうになった。
謎の上から目線に、肩の力が抜けてしまった。
「だ、だってだって……」
谷田貝さんは、手のひらにある100円玉から目を離さない。もう少しで両替したお金がすべて無くなりそうだった。
——そういえば、昨日、ぬいぐるみを取ってあげると言い出したのは、私からだったことを思い出す。
そうなのだ。私は谷田貝さんから頼まれて、動いた訳ではないのだ。
「ねぇ。もしかして、谷田貝さんって人に物を頼むのが苦手?」
彼女は意表を突かれたように固まった。
唇がわなわなと震えていた。
私もそこまで意地が悪いわけではない。
むしろ谷田貝さんが自分から、とさかちゃんを取ろうとしたことに感動したくらいだ。
限界までやって無理だと私を頼ってくれたら、素直に教えるつもりだった。
だけど彼女の、あまのじゃくなお願いには、私の受け入れセンサーは反応しなかった。
「ううぅううう」
谷田貝さんの瞳は潤んでいた。
「ねぇ。なんとしてでも取りたいの……」
彼女はそっと拳を握った。
「だから、だから……」
谷田貝さんは私から一歩離れると、その場に正座をした。
何をするの——と声をかけようとしたら、彼女は頭を深々と下げて、なんと土下座をした。
「浜松、ぬいぐるみ取って!!!!」
店内に響き渡るほどの大きな声だった。
「わ、わ、わかったから!」
私は慌てて、谷田貝さんの肩を触り、その場に立たせようとした。
そこまでしてとは言ってない!
偶然、横を通りかかった女性の店員さんが、ギョッと目を見開いた。や、やばい。通報される!?
私は無理矢理、谷田貝さんの腰を掴んで、強制的に土下座をやめさせた。彼女は綿のように軽かった。
谷田貝さんは叱られた子どものように、唇を尖らせていた。
しかし、目は笑っていた。
「やったー」
「……」
彼女は小さくガッツポーズをした。
……やられた。
まさか、私の予想を超えた"お願い"をしてくるとは思わなかった。
ちらりとクレーンゲームに視線を移すと、泣いているとさかちゃんと目が合った。
……一刻も早く取らないと、可哀想だよね。
どうやって取ろうかな。
そう考えていると、大きめのタグがあるのが目に入った。
そうだ。あそこの部分をアームに引っ掛けて——。
気づいたら、谷田貝さんが私の隣にいた。顔が近くて、びっくりする。
いい匂い。香水とか付けているのかな。いや、今はそんなことはどうでもいい。
私は財布から100円玉を取り出して、迷わずに投入口に入れた。
小さく息を吐いて、ボタンを押した。
◇
「やったーーーーー!!! ありがとうーーーーー!!! 浜松ーーーーー!!!」
「どういたしまして」
私の狙い通り、クレーンゲームのアームはタグの中に入り、一回で楽々取れた。
谷田貝さんはバンザイをして喜んでいる。
そんな私は腕組みをしている。ポーカーフェイスを気取っているけど、内心、心臓がバクバクいっている。
成功して本当に良かった。
「とさかちゃん♪ えんえん泣いた、とさかちゃん♪」
谷田貝さんはとさかちゃんを"救出"すると、ギュッと抱きしめた。
なんか、むごい言葉が聞こえたのは気のせいだろうか。
「ふっふー。今日からとさかちゃんをダブルで腕枕して眠れるなぁ♪」
「……良かったね」
「浜松には感謝しても、しきれないわねっ」
彼女は上目遣いで私を見た。
「そういえば、あたし、誰かにぬいぐるみを取ってもらったのって、意外と初めてかも」
「? 昨日、私が取ってあげたじゃん?」
「だぁー。浜松は……細かいなぁー!」
彼女は頬を膨らませる。
「浜松に、昨日、初めて、ぬいぐるみを取ってもらった! ねぇ。これでいい?」
「国語みたいな表現の仕方だね」
「浜松が悪いんじゃん!」
「でも、私も初めてかも」
「何が?」
「誰かに土下座してもらったの。本当にびっくりした」
「……」
谷田貝さんは顔を赤くした。今更ながら恥ずかしくなったのかな。
長いまつ毛を伏せて、吐息を漏らした。




