第6話 トモダチ
「…………」
「ちょっと、なんか言ってよー。めっちゃあたし恥ずいじゃん! バカ!」
彼女は顔の前で手をパタパタさせている。
谷田貝さんが、友達になってあげると言った。
私の目を見て、口角を上げて、仁王立ちしながら言った。
「トモダチ」
甘美な響きだと思った。
「なんでカタコトなの」
谷田貝さんの目元が緩んでいた。
「考えておく」
「はっ?」
ここで、うんと言えないのが、私の悪いところだと思う。
——だって、相手は谷田貝さんだから。
高校に入学してから、もう5人の男子に告白されたらしい。上級生の女子の間でファンクラブができているという噂もあった。
そんな人気者の美少女が、私なんかと友達になってくれるなんて、あり得ないと思った。絶対、からかわれている。
むしろ、今目の前にいる彼女は、私だけが見えている蜃気楼か何かなのかもしれない。
……いや、待てよ。
私は昨日、谷田貝さんに、とさかちゃんのぬいぐるみを取ってあげた。
めいいっぱい喜ぶ彼女は、嘘をついているようには見えなかった。
むしろ、谷田貝さんにとって、私といることにはメリットがある……?
そう考えると、合点がいった。
「わかった。友達になろう」
「考えるの早すぎ!!! いいんかい!!!」
今度は彼女は、お腹を抱えて笑った。
おかしなことを言ったつもりはなかったのに。
「じゃあさ、早速なんだけど、インタス交換しない?」
「インタス?」
「インタスグラムのことだよ。ライムみたいにDMでやり取りできるからさー」
「やってない」
「えっ。そうなのー。じゃあライムは?」
「やってない」
「えー。マジ? なんなら、やってるのー!?」
「クレーンゲーム掲示板。略して"クレけい"ならしてるよ」
「はぁぁぁあ!? 何それ!?」
谷田貝さんの声は雄叫びのように大きかった。目には涙を浮かべている。
どうやら、ツボにハマっているようだった。小刻みに肩が震えていた。
「家族とかは、どうやって連絡取ってるの?」
「電話で事足りるから」
「……」
父親や母親とは、わざわざメールでやり取りなんてしない。
用事があるなら、電話で十分だ。
「はー。浜松、おもしろっ」
「別に、面白くもないけど」
「ウケ狙ってやってるんじゃないところが、もう面白いの!」
「……」
「でも、初めてかもしれない」
「何が?」
「スマホで繋がってない友達! これじゃ用ある時、めっちゃ声かけないといけないじゃん!」
谷田貝さんは目尻を指で拭った。人差し指には、一粒の涙がきらりと残っていた。
いつのまにか、また空は曇っていた。薄暗い光が、私たちをぼんやりと照らしていた。
キーンコーンカーンコーン。
不意に、予鈴が鳴った。
「やばっ。行こう」
二人してトイレから出て、廊下を駆け出した。
彼女は足が速い。ちっとも追いつけない。息が上がる。
目まぐるしい夢を見ているかのようだ。
でも、一つだけは確かだった。
私はついさっき、谷田貝さんと友達になったのだ。
◇
「……わっ。今日は一発で取れた」
快活なBGMが耳に届く。
ゲット口に手を入れて、大きな箱を取り出した。"バーベキュー味"と書いてある。高カロリーそうなスナック菓子だ。
二、三度振ってみたら、中から微かな音が聞こえた。スカスカだ。
せいぜい2〜3袋お菓子が入っていたらいいところだろう。
でも、明日のおやつにぴったりだ。
私はクレーンゲームの脇にあったビニール袋を取り、そこにゲットした景品を入れた。
今日も、学校が終わった後、いつものゲーセンに来ていた。
店内は平日だからか人はまばら。遠くの方では、男性の店員さんがあくびをしているのが見えた。
私はゆっくりと店内を見て回ることにした。新しいプライズは出ているだろうか。
「……あっ」
すぐ目に入ってきたのは、とさかちゃんのぬいぐるみだった。
昨日、谷田貝さんに取ったのと同じものだ。とさかちゃんは相変わらず、瞳がくすんでいた。
「……あまり減ってないなぁ」
クレーンゲームの後ろには、景品の予備が置かれていることが多い。
……とさかちゃんの台の残りは、たくさんあった。ぬいぐるみがパンパンだ。ざっと30はあるだろう。
それに比べて、隣の台のモケットポンスターのチュウピカはすごい。残り1点という張り紙がある。さすが人気コンテンツ。拍手を送りたい。
「これだと、もうとさかちゃんのぬいぐるみは景品で出ないかもなぁ」
世知辛い世の中だ。やはり売り上げが見込めなければ、新しいものは生まれない。
それはクレーンゲーム業界も同じだ。
谷田貝さんのような、根強いファンがいても、こればかりは、どうすることもできないだろう。
お昼休みに、とさかちゃんについてネットで調べてみた。だけど、公式サイトがただヒットするだけだった。
せめてインフルエンサーとかが盛り上げてくれればとも思う。
「あっ! やっぱりここにいたー!」
「谷田貝さん」
「いぇーい!」
とさかちゃんの台の前で途方に暮れていたら、谷田貝さんが現れた。きらきらとした笑顔を浮かべて。




