第45話 壁ドン
気を取り直して、4回目の挑戦。再び頭を持ち上げたところで——ゴトンと、ぬいぐるみがゲット口に落下した。
「わーーー! 浜松さんすごい!!!」
八宵さんが拍手をする。自分のことのように喜んでくれた。
「へぇ! めっちゃクレーンゲーム上手いんだ!?」
「う、うん」
「ちょっと、何、浜松の手、握ってるの? 嫉妬するんだけど!」
八宵さんは喜びのあまり、私の手をぎゅっと握っていた。
少し背が高いからか、圧を感じる。
私はさりげなく彼女から手を離すと、ゲット口に手を入れて、黒猫のミミーナを取り出した。
「……これ、八宵さんにあげる」
「えっ。いいの?」
「うん」
「で、でも……」
彼女は迷っているみたいだった。
謝罪をしたばかりなのに。そう顔に書いてあった。
私は気の利いた一言も言えなかった。その代わり、んっ、と八宵さんにぬいぐるみを手渡した。
彼女は戸惑いながらも、黒猫のミミーナを恐る恐る抱きしめた。
「浜松さん、ありがとう。……大切にするねっ」
とびきりの笑顔だった。ぬいぐるみに、
すりすりと頬擦りをする。
取って良かったと、心の底から思うことができた。
「私、浜松さんに酷いことしたのに……。優しいね」
「……」
「だから、きっとひかるも惹かれたんだろうね……」
「……」
「私、何もお返しできないや」
別に求めてないから。
ぷいと横を向いた。
「……ねぇ。浜松さん、連絡先交換しない?」
「ちょっ、ちょっと! 待って!」
谷田貝さんが間に入った。
「八宵なんなの!? 調子良すぎ!!」
「だって、だって」
「なんで連絡先交換の打診なんかしてるの!?」
「えー。別に普通じゃない? 何もおかしくないと思うけど。——もしかして、浜松さん嫌?」
「嫌じゃないけど……」
対応の変化には戸惑う。
そう心の中でつぶやいた。
「ううー。あたしの方が先に仲良くなったのにー!」
谷田貝さんは、地団駄を踏んだ。ツインテールも軽やかに揺れる。
先ほどの重苦しい雰囲気が和らいだ。
ひょんなことから八宵さんとも交流が持てた。
これもクレーンゲームが趣味だった効能かな。
結果オーライ……なのかな。
そんなことを、サボテンのぬいぐるみを横目に見ながら考えていた。
◇
「——じゃあ私、ダンスレッスンの時間だからもう行くね! またね。ひかる。浜松さん! あと黒猫のミミーナを取ってくれて、本当にありがとうっ」
三十分くらいした後だった。
石井さんが、スマホを見た後、慌てて私たちに別れを告げていった。
手には、大事そうにぬいぐるみを抱えていた。
嵐のような人だった。
……。
谷田貝さんと二人きりになる。私は今日はバイトもなかった。なんとなく気まずい。
「……ねぇ、浜松。この後ひま?」
「特に予定はないけど……」
「そう。じゃあ、あたしの家に来ない?」
「……」
特に断る理由はなかった。
家にいても一人ぼっちだから。
「……行く」
「ん」
流れから、谷田貝さんの家にお邪魔をすることになった。
道中、彼女は口数が少なかった。変なの。
何か話そうとして、八宵さんの話題を振ったら、黙ってしまった。あれ……。
……。
そうこうしているうちに、谷田貝家についた。相変わらずでかいハウスだ。
百坪以上はあるのだろうか。きっとあるよね。
玄関に入ると、猫型ロボットのフィギュアが出迎えてくれた。
私が取ったものなのに、なんだか遠い過去のように感じられた。
「……あれ。松園さんは?」
「今日は実家に帰ってるわ。なんか、おまんじゅうが食べたいみたい」
「おまんじゅうって……」
「あぁ。松園はね。和菓子屋さんの娘なの。由緒正しくてね、あー。えっと確か100年以上は続いているって言ってたかなー」
へぇ。そうなんだ。知らなかった。
だから一緒にホテルに泊まった時に、私たちの分まで、おまんじゅうを食べちゃったのかな。
いや、そこはイコールにはならないか。
「ねぇ。そんなことよりさ、早くあたしの部屋に来てよ」
「うん……」
谷田貝さんにつられるように着いていく。
なんだろう。いつもと違う気がする。
キィっとドアを開けると、どでかいクレーンゲーム台があった。そうだった。
谷田貝さんが前に見せてくれたものだった。中には、とさかちゃんのぬいぐるみが2つ入っていた。
バン。ガチャリ。
えっ。
谷田貝さんは部屋の鍵を閉めた。いつもはこんなことしないのに。
……な、なんで。
ドン。
「………………何してるの?」
「か、壁ドン」
なんていうことか。
私は谷田貝さんに、壁際に追い込まれていた。彼女は背が低いから、凄まれても怖くはなかった。
だけど、近いからすごくドキドキする。
「……ど、どうしたの?」
「どうしたの? じゃないわ! この鈍感!」
さらに顔がグイッと近づいてくる。
部屋の中は、谷田貝さんの香りでいっぱいだった。頭がクラクラする。
「——あたしだけだったのに!」
「なんて?」
「だから、八宵にぬいぐるみを取ってあげたでしょ? うぅ……。あたしだけだったのに!」
……そっか。
これまで誰かのために景品を取ったことは、谷田貝さんに対してだけだった。
それを今日、破ってしまった。
「ねぇ。なんでそんなに冷静なの? あたし、めっちゃ嫉妬してたのに〜。もう、煮えたぎるくらいよ!」
谷田貝さんが目をバッテンにする。
「……八宵も絶対、浜松のこと好きになっちゃうよ」
そんなことをぽつりと言う。
「……そんな単純な人じゃないでしょ。八宵さんは」
「……恋心って、どこで落ちるかわからないんだから」
「はぁ」
「……あたしだって、浜松にとさかちゃんを取ってもらってから、キュンとしちゃったんだから」
えっ。
聞き捨てならなかった。
「……今、なんて」
「——だから、今思えば、クレーンゲームでぬいぐるみを取ってもらった時から、浜松のことが好きになったの!」
「それ、本当?」
「うん」
可愛い。
大好きだ。
私は壁ドンする少女に、そっとキスをした。谷田貝さんの腕が緩む。




