第46話 甘く溶かされる
「な、なんでキスしたの」
「なんでって……」
谷田貝さんは、探偵のように問い詰めてくる。彼女の足はプルプルと震えていた。
「——したかったから」
「何それ。やり逃げ!」
物騒な言葉が飛び出す。
「……それは、違うから」
「ふーん」
「谷田貝さんだって、寝ている私に……キスしたでしょ」
「あわわ。蒸し返さないでよ!」
谷田貝さんはわかりやすく狼狽えていた。図星を突かれたようだ。
「……可愛い」
今度は言葉にすることができた。
再びキスをしようとしたら——彼女から頬を掴まれてしまった。
戸惑う私に、そっと口づけを交わす。
「……んっ。嬉しい。もっと言って」
苦しい。だけどそれは甘い痛みだった。
「可愛い……」
「うん」
「谷田貝さんは……可愛いよ」
「えへへっ」
言われ慣れてるだろうに。谷田貝さんは新鮮に喜んでくれた。
笑った顔がふにゃふにゃだ。
すると突然、彼女は私の腰を掴み、空いた手で手首を掴んだ。
「えい」
「へっ」
あれ。
——簡単に押し倒されてしまった。
気づいたら、背中が床についていた。
な、な、な。
谷田貝さんの顔が目の前にあった。
「……浜松、へにゃへにゃじゃん」
「……なんで」
「体力がないんだよっ」
私は運動音痴だ。体育は好きじゃない。
でも自分より小さな谷田貝さんに押し倒されるなんて、一生の不覚だ。
「ふふふっ。すぐそこに浜松がいる。面白いね」
「……」
「あはっ。いいねその顔。八宵だって見たことないでしょ?」
「……」
「うーわ。目、つぶっちゃうんだ。ねぇ。キスするよ?」
せめてもの抵抗のつもりだった。
だけど、彼女に唇を奪う発言をされてしまう……。
どーする?
私は天邪鬼のようで、そのままぴくりと動いてやらなかった。
谷田貝さんの匂いと、息づかいだけがただただ聞こえてくる。真っ暗だ。
すると突然、唇に柔らかいものが触れた。
あっ。不意打ちだったから驚き、口を開けたら、ぬるっとしたものが入ってきた。
し、舌だ。
驚いて彼女を押してしまう。
目を開けると、ニヒルな顔をした谷田貝さんと目が合った。
先ほどの悔しがっていた彼女とは別人のようだった。
「あっ……」
唇を離されると、右耳にふーと息をかけられる。
ビクッと身体が反応してしまう。
「かわいいー♡」
今度は囁くように息を吹きかけられた。
「やめ……」
「やめない」
「なっ……」
「もっと浜松のいろんな顔を見たい」
どういうこと。
私は谷田貝さんの名前を呼ぼうとした。少し遅かった。
耳に生暖かいものが触れる。れろっと舌で絡め取られていることに、数秒後、気づいた。
「んっ……」
頭がおかしくなりそうだった。
丁寧に、甘噛みされていく。すぐ近くでする水音に、身体が熱くなってしまう。
まるで脳を食べられているみたい。
気持ちが落ち着かない。だけど、やめてほしくない。
私は今、谷田貝さんに襲われている。
首からお腹までを、ブラウス越しにつつーと指で触られる。
ビクッと体がまた反応すると、谷田貝さんが笑った。
「感じてるんだ」
「〜〜っ」
彼女の生意気度が増している。
「ねぇ。浜松、その顔誰にも見せないでね」
「その顔って……なに」
「その顔は、その顔」
答えになっていない。
私今、どんな顔をしているんだろう。
谷田貝さんの目はとろんとしていた。
はぁ。めちゃくちゃ暑い……。
「浜松から汗の味がする」
「なっ……」
いつの間にか、谷田貝さんは私の首元に顔を埋めていた。
耳たぶを舐めたことで、境界線は薄くなっていた。
彼女は小さな舌先で、まるで猫のように私の首を弄んでいた。
谷田貝さんに触れられるたびに、力が入らなくなっていく。
「……あはっ」
微かに震えるたびに、彼女はどんどんとご機嫌になっていく。
私の反応を楽しんでいた。
「ねぇ。浜松」
「うん……?」
「あたしね、小さいから、みんなに子ども扱いされることが多いんだけど」
「……」
「ねっ。どう? 今のあたし、大人っぽいでしょ?」
「ふっ」
突然のことに笑ってしまった。
この行為を大人っぽいと定義するのは少しズレている気がする。しかも絶対、今言うことじゃない。
谷田貝さんは唇を尖らせた。
「むー」
がぶっと首に食らいつかれた。
「っ……」
それは自分の恥じらいを誤魔化しているかのようだった。
まぶたを閉じると、自分の肉片が外側に出るような奇妙な感覚に襲われる。ほんの少しだけ気持ちいい。
「…………ねぇ。つけちゃった」
「えっ……?」
谷田貝さんの声のトーンが下がる。
「キスマーク」
「なっ」
驚きのあまり、そのまま起き上がった。自分の首に手を当てると、少し湿っていて熱かった。
キスマークってあれだよね?
軽いあざとも言われている、赤紫の……。
「えへへっ。浜松はあたしのもの」
「……」
「どこにも行かないでね」
谷田貝さんは、キスマークがあるらしき場所をツンツンとした。
彼女の家で、彼女の好きなようにされている。
谷田貝さんに甘く溶かされるたびに、自分が女の子なのだと強く意識されるようで、恥ずかしかった。




