第44話 上手くいきましたね
「あたし、浜松のことが好き」
頬が赤く染まっていた。
谷田貝さんは、面白がって言っているようには見えなかった。頬がわずかに強張っていた。
「……私も、谷田貝さんのことが好き」
ああ。言ってしまった。
私の妄想の中では、何度も打ち明けていたことだった。
「——知ってる」
彼女は天邪鬼だった。憎めない。惚れた弱みというやつだろうか。
「……浜松のこと大大大好き!」
なんて無邪気そうに笑うんだろう。
きっと愛されて育ってきた子の特権だ。その幸福の中に私も入れて欲しくなる。そっと包まれていたくなる。
「……あっ。二人ともここにいましたかー!」
いい雰囲気なのに。遮られてしまった。
こ、この声は……。
松園さんが額に汗を滲ませながら、手を振っていた。
今の今まで、彼女のことを忘れてしまっていた。……ごめんなさい。
「松園、大丈夫だった?」
「あの厳つい若者たちとは、最終的に話し合いをして和解しました! もう心配いりませんよ!」
す、すごい。
松園さんのカリスマ性の高さを垣間見た気がした。
「やっぱり時代は対話ですね! 暴力なんて流行りませんよ! まぁ。さすがに警察には来てもらいましたけど」
彼女はおどけてみせる。
「——で、お嬢様と芽流ちゃんは大丈夫でしたか? っていうか、お二人、上手くいきましたね?」
松園さんが顎に手を当てて、訝しげな目を向けた。
「なっ、なっ、なっ」
「お嬢様って、すごくわかりやすいから、火を見るより明らかですよ!」
「〜〜っ」
谷田貝さんは手で顔を覆った。
「良かったですね! うちでは、ずっと芽流ちゃんのことばっかり話してましたもんね?」
「うるさいうるさいっ! 松園、黙って!!!」
バシバシと背中を叩く。
夏の夜のベンチの上は涼しくて、心地が良かった。私は今日の日のことを、きっと一生忘れないだろう。
◇
「ねっ。八宵がさ、言いたいことあるんだって」
「……」
放課後。気づけば今日も、私はゲームセンターにいた。
あれからヤンキーは見ていない。というか、夜遅くに行くことがなくなったから、ただ単に鉢合わないだけかもしれない。
お札を崩すために、両替機の前にいたところ、今来たばかりの谷田貝さんから声をかけられた。
あれから彼女はちょくちょく顔を出してくれている。
——しかし、今日は八宵さんと一緒だった。
手入れをされた黒髪のロングヘアー。制服もシワ一つなくパリッと着こなしていて格好いい。伏目がちに私を見ていた。
……何の用だろう。
「浜松さん。あのさ」
「は、はい」
「この前は——なんていうか」
八宵さんは、まばたきの数が異常に多かった。明らかに平常心ではない。
「——ごめん」
ぺこりと頭を下げた。
呆気に取られてしまう。
「ほら、私。ひかるが……浜松さんのこと嫌いって言っちゃったことあるじゃん」
ゴニョゴニョと口をつぐんでいる。
彼女なりの謝罪なのだろう。
「もういいよ」
「えっ」
「私、気にしてないから」
「そ、そんなあっさり言われるのもなんか、納得いかないっていうか」
まだ、ぶつぶつと何かを言っている。きっと八宵さんは謝り慣れていないのかもしれない。
私も慣れていないからわかる。
「はぁ!? 八宵ー! もっと誠意見せなよー!」
谷田貝さんが、彼女の背中をばちこーんと叩いた。
私の方が驚いてしまう。
「ひかるぅ」
顔を上げた八宵さんは涙目だった。
「ほら、まずは浜松の目を見なよ。あんた、そんなオドオドした子だっけ?」
「……」
八宵さんが唇を噛んでいる。
これじゃさすがに可哀想だ。
「……別に。本当にもういいから」
本音だった。
だって今こうして、谷田貝さんと普通に話せているのだから。
既に私は、一件落着した気持ちを迎えていた。
隙を見て両替をする。じゃらじゃらと百円玉が上から落ちてくる。
小銭を財布にしまい、気になっていたサボテンのぬいぐるみ台に移動しようとする。
——そしたら、谷田貝さんと八宵さんもてくてくとついてきた。
なんで!?
「……」
き、気まずい。
谷田貝さんだけだったら普段通りでいられるけど、今日はまさかの八宵さんもいる。
谷田貝さんと彼女は親友であっても、私はただの一クラスメートでしかなかった。
「ぷぷっ。あたし達、浜松の舎弟みたい!」
「ひかる。なんで、そんなに嬉しそうなのよ……」
水戸黄門のようだった。
二人は私を挟むように、絶妙な位置にいる。
「——あっ」
「ぶっ。急に止まらないでよ!」
右手には、黒猫のミミーナのぬいぐるみが入ったクレーンゲーム台があった。
POPには『大人気』という文字が記されている。
八宵さんをチラリと見ると、わずかに目がまたたいた。
そういえば以前、黒猫のミミーナが好きだと言っていた。教室の後ろで谷田貝さんと話しているのを聞いて、知っていたのだ。
「……」
——チャリーン。
私は100円玉を、その台に入れた。
サボテンのぬいぐるみを取ろうとしていたのに、気まぐれにも程がある。
『スタート!』という小気味良いキャラクターの音声がした後、アームを動かした。
その台は、三本爪のクレーンゲーム台だった。
黒猫のミミーナは頭が大きいから、そこを重点的に狙いを定めた。
1度目、グイッと引き上げた時、
「わっ。頑張れ」
と、手をぎゅっと握りしめながら、八宵さんが応援してくれた。
さすがに一回では取れなかった。もう一度チャレンジする。
両替した後だから、小銭はたんまりある。ヤンキーに邪魔される筋合いもない。
アームを動かしてボタンを押す。
人気台だけあって、もしかしたら10回以上はプレイをしないと駄目かなぁと思ったら、手応えがあった。
3回目の挑戦。もう半分、頭がゲット口に入っている。
「うー。あとちょっと!」
八宵さんは祈るように、ガラス越しに黒猫のミミーナを見つめた。キラキラした目が、まるで子どものよう。少し可愛く見えてしまう。
「浜松ー?」
谷田貝さんの黒い声が飛んでくる。
えっ。どうして。




