第43話 射抜かれる
「私の方こそ、ヤン……男の人から助けてくれたじゃん。谷田貝さん、ありがとう」
軽く頭を下げる。
「ええっ。あれは、浜松の姿を見たら居ても立っても居られなかったから」
「……」
「何としてでも助けたいと思ったの!」
「……何としてでも?」
「死んでも!」
「そんな縁起でもないこと言わないでよ」
谷田貝さんが、来てくれて本当に良かった。もう少しで腰が抜けそうだったから。
話を聞くと、松園さんに頼んで、私がゲーセンに入り浸っている時間を調べたらしい。
落ち合うのも時間の問題というところだった。
「——そういえば、谷田貝さん。さっき、浜松はあたしの彼女だけど……みたいなこと言わなかった?」
谷田貝さんがきょとんとする。
みるみるうちに真っ赤になる。
「……言った!」
元気よく手まで挙げていた。
こうも清々しいと、私の方が怯んでしまう。
言ってないとか、そうだっけとか、とぼけていたら、問い詰めるつもりだった。
「ヤンキーを錯乱するための冗談だよね?」
あっ。私今、可愛くないことを言っている。
自覚はあった。だけど止められなかった。悪い癖。
「違うけど……」
彼女は下を向く。私もならって同じところを見ると、アスファルトが欠けているのが見えた。
「……なんか、でもね。……そうだったらいいなって思ったの」
指先が震える。
今、なんて。
「さっき、めっちゃピンチだったじゃん? あのときは、他のことなんて考えてる余裕なかった。……浜松が無事なら、それでいいって。それしか考えてなかった」
谷田貝さんが私の顔を覗き込む。
「——そしたらね。自分が一番思っていることが、そのまま言葉になって出てきたの。だから、浜松に彼女になってほしいっていうのは、本心なんだと思う」
谷田貝さんは嘘をついているようには見えなかった。
むしろ、言葉を濁したところにこそ、本心が滲んでいるように感じた。
いや、私が、それを真実だと思いたいから、そう聞こえるだけなのかもしれない。
「あっ……」
「って、浜松、耳から血出てるよ!!!」
えっ。
咄嗟に右耳を触ると、生暖かい感触がした。
見てみると、親指と人差し指にべっとりと赤いものがついていた。
「これ使って」
谷田貝さんは、カバンの中からティッシュを取り出してくれた。
「……ありがとう」
「あっ……と。浜松、そこのベンチに座った方がいいよ。安静にしないと」
見てみると、木のベンチが置いてあった。
彼女に大人しく従う。
谷田貝さんも私の隣に座ってくれた。そればかりか、ティッシュを耳に当ててくれる。……緊張する。
「ねぇ。浜松、もしかして最近、ピアスの穴開けた?」
「うん」
「そんなにさ、穴あけてどうすんの?」
「どうって……」
わからない。ただの自己満でしかなかった。
「……谷田貝さんが、見てくれるから」
彼女を想いながら、安全ピンを耳に刺した夜を思い出した。
「……あたしが?」
「うん。今日も気づいてくれたから……」
もしかして私は、誰かに自分という存在を見つけて欲しかったのかもしれない。
心に蓋をした承認欲求。
今の時点で、もう他の誰かはいらないけど。
「もー! 浜松って、ほんとうに世話が焼ける」
そういえば谷田貝さんは、お姉ちゃんだった。
一人っ子の私には、その優しさが身に沁みた。
「——浜松、泣いてるの?」
「えっ」
目尻に触れると、涙が滲んでいた。けれど、まだ頬を伝うほどではなかった。
「泣いてない……」
「声、震えてるよ」
「泣いてない」
「強がんなくてもいいって」
「これは……私の目がめっちゃ潤ってるだけだから」
「何その、言い訳テクニック」
谷田貝さんが私の頭をぽんぽんと撫でた。
どこまでも甘やかす気だ。振動で、涙が一粒溢れた。
「泣いてる」
「うん。これは泣いてる……」
私も認めざるを得なかった。
元はといえば、彼女のせいだ。
こんなに嬉しいことを言ってくれるなんて。
あぁ。私はやっぱり谷田貝さんが好きだ。
大好きなんだ。
「ねぇ」
隙をついたら——彼女の顔がすぐ近くにあった。
あっ。
唇と唇が一瞬だけ触れ合う。腰を退いたら、手を握られた。
き、キスされた。
それは優しく、私を丸ごと包み込むかのようだった。
……バスの中でのような揺れによる事故じゃない。明らかに自発的だ。
谷田貝さんは、したり顔をしていた。
「……私、眠ってないよ」
「知ってる」
「それに、キスしたくなる飴も食べてないよ」
「知ってる」
「谷田貝さん」
「何?」
「唇に血、ついてるよ」
きっと私の耳についていたものだろう。
「知ってる」
「知ってたんかい……」
「それより……。ねぇ、あのね」
「何?」
「もう一回してもいい?」
キス。
こんなにはっきりと確認されると、さすがに恥ずかしかった。
「いいけど」
「……けど?」
「……どういう意味のキス?」
「そうだなぁ」
谷田貝さんは優しく笑った。
「友達よりも、もっともっと親しくなりたいって意味のキスかな」
「……ならしてもいいよ」
「その言い方」
彼女が唇を尖らせる。
「何?」
「ムカつくけど、可愛い」
谷田貝さんは、もう一度私にキスをした。
今度は温度感をしっかりと感じることができた。目を閉じると、彼女の息遣いが聞こえる。
触れると、もっともっと近づきたくなってしまう。
キスって魔法みたいだ。
唇を離すと、谷田貝さんの瞳がキッと険しくなっていた。
「……ねぇ。浜松。なんでトイレやゲーセンに来なかったの? ……なんで、あたしに会いに来なかったの?」
先ほどの質問を、確かめるようにもう一度口にした。
「……だって、怖かったから」
「何が?」
「谷田貝さんが来ていなかったらと思うと」
一人ぼっちで待つ瞬間は、生きた心地がしなかった。
「谷田貝さんに嫌われたくなかったから」
誰かに弱音を吐いた経験なんてない。
心の内側で思っていることを口に出す瞬間は動悸がした。まるでバンジージャンプを今から飛ぶ人みたいに。
体に力が入らないのに、谷田貝さんの前では、できるだけ素直な自分でいたかった。
「あのね」
彼女は大きく息を吸う。
「あたしが誰かを嫌いになったら、そもそも嫌いって本人に言うわよ!」
「えっ。本当?」
「うん。だって、告白してきた男子達には、はっきり断ってるから! 察してとか、まどろっこしいことはしないわ」
「……そっか」
ひとまず安心した。
谷田貝さんは、遠回しなことをせず、まっすぐ行動する。こそこそ陰口を言うようなタイプじゃない。
「……じゃあ、好きな人には好きってはっきり言うんだ」
「当たり前でしょ!!」
彼女は、意気揚々と声を上げてすぐ、気まずそうな顔をした。
「どうしたの?」
「浜松には言ってない……」
か細い声だった。
「け、結構こういうのって言えないものね……」
「谷田貝さん?」
「〜〜〜っ。——好きよ」
彼女は私をまっすぐに見た。射抜かれる。




