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クラスの人気者女子にクレーンゲームの景品を取ったら、やけに距離が近くなった  作者: 宮野ひの


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第42話 ヒーロー

 痛い。手首を掴まれてしまった。


 私は男の人の力というものを舐めていた。


 右手を横にズラそうとしても、びくともしなかった。


 その間に、さらに力を入れてくる。


「は、離してください……」


「聞こえねーわ(笑)」

「調子のんなよ」

「俺、生意気な女ってダメだわ」


 ヤンキーたちは口々に何かを言っている。みんな笑っているのに、目が怖かった。


「——ってか、今日、車あんだよね?」

「おう」

「この子、乗せてかない」

「いいじゃん」


「えっ……」


 血の気が引く思いだった。


「……おい。来いよ」


「や、やだ」

「やだ、だって可愛い(笑)」

「こんな、ぬいぐるみ取るよりさ、俺らが良いこと教えてやっからよ」

「ゆうやキモ(笑)」


 叫びたいのに声が出なかった。


 グイッと手を引っ張られた。


 とさかちゃんがゆっくりと遠ざかっていく。


 ——私はバカだ。


 呼吸が荒くなる。店員さんは周りにいなかった。


 私、このままどうなっちゃうんだろう。助けて、助けて、助けて——。


「——何やってんの?」


 ハッとして顔を上げると、


 制服姿の——谷田貝さんがいた。なんで。どうして。


 久しぶりに彼女の顔を真正面から見た。ホッとするのと同時に、情けない姿を見られて、恥ずかしかった。顔を伏せる。


「うわ。彼女、可愛いじゃん」

「俺、断然こっちの子の方が好みだわ」

「何。君ら友達?」


 ヤンキー達が谷田貝さんに絡んだ。


 彼女は少しもひるまなかった。


 仁王立ちをして、堂々とした態度を崩さない。


「——ううん」


 谷田貝さんは続ける。


「浜松はあたしの彼女だけど?」


 透き通った声が耳に届く。


 ……谷田貝さん、今なんて言った?


「ひゅー」

「えっ。マジ? 冗談じゃなく?」

「間に入りてぇ(笑)」


 ヤンキー達の目がニヤニヤしていた。


 私は開いた口が閉じられなかった。


「——んじゃ、彼女も一緒に来てよ。名前なんて言うの? こんな地味子よりも、俺らの方が楽しませてあげられる自信あるし(笑)」


 んっ?


 ……地味子って私のことか。


 合っているだけに何も言い返せない。


「いてっ」


 谷田貝さんが足で金髪ヤンキーの手を蹴った。私を掴む手が少し緩んだ。


「——浜松! こっち」

「う、うん」


 彼女が一瞬の隙をついて、私を攫った。


「松園! あとはお願い!」

「はいっ! お嬢様」


 谷田貝さんの後ろには、松園さんが立っていた。

 自分のことで精一杯で、全然気づかなかった。


「てめー」

「お嬢様に汚い言葉は使わないでください」


 彼女はヤンキーの肩を掴んで、足を引っかけた。

 ひらりと、床にお尻がついた。


「松園って、ああみえて柔道の初段なの。だから、なんとかしてくれるわよ」


 知らなかった。


 振り向くと、松園さんがヤンキーと互角に戦っていた。顔はウキウキとしていて、なんだか楽しそうに見えた。


「逃げるよ」

「あっ。ちょっと待って」

「何?」


 私はとさかちゃんのクレーンゲーム台に駆け寄った。幸い誰も並んではいなかった。


「えっ。とさかちゃん! ……って、そんなのいいから! 早く逃げるよ」

「やだ。取りたい」

「……浜松、わがまま」


 何と言われたっていい。


 私は100円を入れた。


 アームをゆっくりと動かす。


 私の腕だったら、あと1回で——。


 ゴトン。


 ゲット口に、とさかちゃんが落ちた。


 やった。


「はい。谷田貝さん」

「もう……! ありがとう……」


 谷田貝さんは、とさかちゃんを優しくギュッと抱きしめた。


「……行こう」

「うん」

 

 私たちは、ゲーセンの裏口へと急いだ。


 そのまま路地裏を抜けて、大通りに出た時、交番を見つけた。

 安心感を求めるように近寄り、足を止めた。

 彼女は肩を上下させながら、荒い息を吐いていた。


「……ここまでくれば、ひとまず安心よね」

「うん」

「とさかちゃん、新しいの出てたんだ……」


 谷田貝さんは、ぬいぐるみを両手に持ちながら、まじまじと見つめた。


「知らなかったの? てっきり、谷田貝さんのことだから、ばっちり情報は仕入れてると思ったのに」

「——浜松のこと考えてたから」


 空気の冷たさが肌に刺さった。彼女はそっと振り返る。


「——ねぇ。なんで、今まで、離れのトイレにも来なかったの? ゲーセンにだって、浜松いないじゃん」

「だって……」


 言葉が詰まる。


「あたし、結構通ってたのにさ」


 谷田貝さんは、とさかちゃんに顔を埋めた。

 照れ隠しだろうか。


「……ねぇ」

「なに?」

「……谷田貝さん、私のこと嫌いだったんじゃないの?」


 声が震えていた。

 拳をギュッと握る。


「——はぁ? 何それ。大好きなんだけど!!!」


 谷田貝さんのツインテールが大きく揺れた。

 後ろにいたサラリーマンが、ギョッとしたように振り返った。


 声が大きい。


「しー! しー!」

「ごめん……。ってか、なにそれ。誰かに言われたの?」


 八宵さんだ。


 離れのトイレで言われてしまった。


 だけど、彼女の名前は口に出せなかった。


 谷田貝さんが、一つため息をつく。


「八宵ね」

「……」

「あの子、あたしのことめっちゃ好きだからなぁ。ヤキモチ妬いちゃったのかな?」


 八宵さんが、教室の後ろで谷田貝さんの腕にしがみついていた光景が、ふと頭をよぎった。


「……あっ。でもあたし、前に浜松のこと苦手だって言っちゃったことがあるの。だから、八宵は勘違いしちゃったのかも? ほら、苦手と嫌いって、ちょっと意味が似てるじゃない?」


 えっ。それって。


「谷田貝さん、私のこと苦手だったの?」

「うん。性格がまるっきり違うと思ってたから」


 ズバリと言う。


 確かに。それはそうだろう……。


 私は俯いた。


「教室でもいつも一人でいるし。話しかけようにも、なんも話題がなかったから……。八宵と話してる時、一度苦手って言っちゃったことがあったの」

「……」

「ねぇ。怒ってる?」


 全然。


 怒ってなどいなかった。


 私は首を振った。


 彼女はホッと胸を撫で下ろす。


「……苦手だからこそ、知りたいなって興味だけはあった」


 谷田貝さんと目が合う。彼女の瞳は優しかった。


 好きの反対は無関心とはよく言ったものだ。


 たとえ苦手だと思われていたとしても、谷田貝さんの心に残ることができたのなら、それで十分なのだろう。


「……こんなあたしでも、いきなり、おはようって笑いかける勇気はなかったの。へへっ。ダメダメな陽キャでしょ?」


 苦笑。彼女は頭に手を当てる。


「……陽キャって自分で言うんだ」

「な、な、なんか文句ある?」


 谷田貝さんはハッとした後、こほんと咳払いをして、話を続けた。


「……そしたらね、浜松がゲーセンにいてさ、あたしに話しかけてくれたでしょ」


 彼女はくるりと回った。スカートがふわりと舞う。


「やられたって思ったもん。あの時は、ありがとうねっ」


 にししと笑う。


 谷田貝さんと初めて話した日のことが、昨日のことのように鮮明によみがえった。


「しかも、今日みたいに、とさかちゃんも取ってくれたじゃん? えへへっ。浜松は、あたしのヒーローだね」


 駅前の夜景はきれいだった。夜が更けるにつれて、街の明かりはもっと鮮やかに輝いていくのだろう。

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