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クラスの人気者女子にクレーンゲームの景品を取ったら、やけに距離が近くなった  作者: 宮野ひの


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第4話 甘いね

 もう谷田貝さんを見ていた男子高校生もとっくにいなかった。


「……ん。じゃあ帰る? 浜松、家どこなの?」

「すぐそこ。自販機が4台並んでたとこあったでしょ? ちょっと行った先の左にある家」

「めっちゃ近いじゃん。ウケる」


 何が面白いのかわからなかった。


 だけど、谷田貝さんは手を叩いて笑ったりはしなかった。優しく微笑むだけだ。


「じゃあ週六で、ここに来れるのも納得かも」

「谷田貝さんは家どこなの?」


 彼女はとある地名を口にした。そこは高級住宅街の立ち並ぶエリアだった。

 このゲーセンからも、そう遠くはない。


「ふーん。そうなんだ」

「今度遊びにおいでよ」

「……ありがと」


 真に受けることはしない。きっと社交辞令だから。


 私たちは並んでゲーセンの出入り口に立った。

 空は曇っていた。もうすぐ雨が降りそうだった。


「……そのとかさちゃん、そのまま持って帰るの?」

「そうだけど?」

「持ち帰り用の袋、そこにあるけど」

「えー。このまま抱きしめていく!」


 谷田貝さんは、ぬいぐるみをがっちり腕でホールドして離さなかった。


 大きな花束を抱えるようなしぐさで、顔が見えない。

 微笑ましくて、街ゆく人みんなが振り返ってしまうだろう。


「浜松、また明日ね!」

「うん。バイバイ」

「……あっ。やっぱりさ、チョコ食べたいかも」

「わかった。ちょっと待って。カバンから袋出すから」


 谷田貝さんは帰り際、気が変わったように景品のチョコをねだった。


 はい、と私は袋ごと差し出した。


「全部じゃなくてさ! なんか一つだけ食べたくなっちゃった。お願い。浜松、ちょーだい?」


 甘えるようなしぐさに、戸惑う。


 谷田貝さんは3万円分クレーンゲームに夢中になっていた。だから、きっと疲れてしまったのだろう。

 くたくたな体にこそ、チョコのような糖分が何よりも染みる。


 私は袋をバリッと開け、小袋に入ったチョコを彼女の前に差し出した。

 赤色のパッケージで、"ミルクチョコ味"と書いてある。


「……ねぇ。手ぇ、とさかちゃんでふさがっちゃってるからさー。浜松が食べさせてよ?」

「えっ」


 困る。


 人に何かを食べさせた経験なんてない。弟とかいないし。っていうか、一人っ子だし。


 もしかして谷田貝さんくらいの陽キャだと日常茶飯事なのかな。あーんが飛び交う世界。想像できない。


「んっ」


 谷田貝さんは目をつぶって、無防備に口を開けた。

 艶やかな唇には、ピンク色のリップが塗られていた。


 私に拒否権はないらしい。


 小袋を開け、包み紙越しにチョコをつまむと、彼女の口元にそっと近づけた。


 見えていないはずなのに、匂いでわかったのか、谷田貝さんは、さらに大きく口を開けた。


「わっ」

「ふぉめん」


 ——私の親指と人差し指に谷田貝さんの唇がくっついた。


 ハッと息を呑む。


 リップのしっとりとした感触が指先に残る。


 彼女はなんともないふうに、チョコだけを口にした。


「……んー! 甘いね。なんか、元気出たかもっ」


 谷田貝さんは、とさかちゃんをギュッと抱きしめた。


「……そう。良かった」


 突然のことに、心臓がいつもより速かった。


 親指と人差し指には、ぬめりとした感触が残っている。

 あえて確認はしないけど、きっと薄ピンク色に染まっていることだろう。


「浜松、ありがとっ。じゃあね!」

「あっ……」


 私の返事を聞く前に、谷田貝さんは駆けていった。ひらりと舞うスカートが軽やかだった。


 ……。


 私は残ったチョコをカバンにしまうと、ポケットからハンカチを取り出した。


 そして、右手の指をそっと拭った。じわりと汗が滲んでくる。湿気を含んだ暑さが、身体にまとわりついていた。


 私の家は、すぐそこだ。全力で走れば、20秒もかからないだろう。


 だけど、まだ帰りたくなかった。なんだか遠回りしたくなる。街を歩きたくなった。


 変なの。


 私は、カバンからイヤホンを取り出した。


 すぐにスマホの音楽アプリを開いて、お気に入りのプレイリストを開く。シャッフル再生をしたら、一番最初に聴こえてきたのは恋愛ソングだった。


 安直な歌詞が胸に刺さる。いつこんな曲をプレイリストに入れたのだろう。


 アップテンポな曲で、女性シンガーソングライターが歌っていた。いつもだったら、すぐにスキップするのに。


 そのまま聞いているのもいいか。なんて思ってしまった。


 本当に変なの。


 谷田貝さんとは、逆方向に足を踏み出す。地面の白線に触れてみる。あぁ、喉が渇いた。


 背筋を伸ばすと、街の景色がいつもよりも明るく見えた。雨が降り出す前に、少しでも遠くまで歩いていたかった。



◇



 1-Bの教室に入った途端、クラスメート達のざわめきが耳に飛び込んできた。いつものことだ。こちらを見る者は誰もいない。


 机に向かって、前日にやり残した課題を片付けている子もいれば、男子二人でスマホを横向きにして、遊んでいる子たちもいる。みんな思い思いに過ごしていた。


「ひかる〜。このキャラクターかわいいと思う? カバンに付けたいんだよね」


 自分の席に向かう途中、石井(いしい)さんの声が耳に入る。


「いいんじゃない。八宵(やよい)にぴったりじゃん。黒猫のミミーナだっけ?」

「うん。そう〜。ママに貰ったハイブラのバッグに合うかなぁ」

「絶対合うって。あたしが保証する」


 教室の後ろで、谷田貝さんが石井さんと談笑していた。二人は仲がいいらしい。


 華やかなオーラがある二人が寄り添っていると、そこだけ別世界のようだ。今日もどんより曇りだけど、パッと陽が差したような明るさがある。

 周りも何も言わないけど、きっと意識して聞き耳を立てている。


「ありがとー。ねっ。ひかるが、バッグにキーホルダー付けるならさ、何選ぶ?」

「あたし? そうだなー」


 谷田貝さんが顎に手を当てて考える。


「……白猫のピピーナかなぁ」

「なんか、ひかるっぽいかも。いいじゃん。お揃いでつけようよ〜」


 彼女が挙げたのは、老若男女問わず愛されているキャラクターだった。


 あれ。


 谷田貝さんのことだ。てっきりイグアナのとさかちゃんを挙げるのではないかと思っていた。


 昨日あれだけぬいぐるみに、熱い抱擁をしていたのに。


 その時、谷田貝さんと、バチっと目が合った。


「あっ。浜松! おはよー」


 彼女は右手を挙げて、軽やかに挨拶をした。


「お、おはよう……」


 予想していなかったことに、声が震えてしまった。

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