第3話 記念日
「……とさかちゃん、好きなの?」
「めっちゃ、好きー! かわいいじゃん」
「……」
とさかちゃんは、イグアナをモチーフにしたキャラクターだ。緑色をしていて、尻尾が長い。
だけど、ぬいぐるみにあるまじき、笑顔とかは一切なかった。無表情。瞳に光がなく、闇色をしていた。
正直私は、かわいいとは思えなかった。
谷田貝さんって変わっている。
だけど、人の好みをむやみやたらに否定する趣味は私にはなかった。だから、軽やかにスルーした。
「でもさー。何回やっても取れなかったのに、浜松すごすぎー! 一体、どんな魔法を使ったの?」
「アームを重心に合わせただけだよ。とさかちゃんは頭が大きいデザインだから、そこを狙ったの」
「やば。あたし、尻尾ばかり狙ってた!!」
とさかちゃんの尻尾は蛇のように長い。それを逆手に取り、ゲット口に垂らすように配置されていた。目を引くのも無理はない。私も初心者の頃、はみ出ているところばかり狙っていた。
「あと、3本爪のクレーンゲームは確率っていうものがあって、アームが強くなる瞬間があるの。タイミングが合ったら、実は楽々取れるよ」
「えー。そうなの? あたしの時は、一回も持ち上がらなかったけどー?」
「谷田貝さんは、最初から照準がズレていたからだと思う」
「ううぅぅううう!! 悔しいぃぃ!!」
谷田貝さんは、また地団駄を踏んだ。
「あたしに、できないものがあるなんて! そんなの信じられないっ!!!」
彼女は声高らかに宣言する。
確かに、谷田貝さんは才色兼備と言っていい。勉強もできるし、運動もできる。まさに非の打ち所がない人だと思っていた。
今日、クレーンゲームが苦手ということを知って、初めての挫折を味わっているのかもしれない。
「谷田貝さんも練習すればできるようになるよ」
「……本当っ!?」
「うん。私だって、そうしてきたし。……あっ。あの、お菓子取れそう」
谷田貝さんの向こう側に、チョコレートの袋菓子がたくさん入っているクレーンゲーム台があった。
左端にあるやつが、真っ逆さまになっていて、アームをひと押しすると、落とせそうだった。
「どれどれ?」
彼女もならって台を見た。
「……えー。そう? なんか、ツルツルしてて難しそう!」
谷田貝さんは眉をひそめる。
私は財布から100円玉を取り出し、少し考えた。
「そうだ。谷田貝さん、あれ取ってみない?」
「あたしが!?!?」
「うん。きっと大丈夫だから」
「……」
「どう?」
「……わかった。じゃあ、これ持ってて」
おずおずと、とさかちゃんを差し出す。目は合わなかった。
谷田貝さんの大切なものだから汚さないように気をつけよう。胴体をむんずと掴んで受け取った。
チョコレートの台の前に行き、100円玉を入れると、軽快な音楽が私たちを包んだ。
谷田貝さんの喉が動いたから、きっと唾を飲んだのだろう。
「ど、どうするといいの?」
声が震えていた。さっきまでの威勢はどこにいったのやら。
「まずは、右に動かしてみて」
「こ、こう? ひゃっ!」
彼女がアームを動かすと、振動に驚いたのか、すぐに手を離した。
チョコレートの狙いの位置から、少しズレていた。
「こ、これ、だいじょーぶ!?」
「うん。でもこのままじゃ、ちょっと渋いかも」
「ぬぬぬぬぬぬぬ」
「挽回はできるから」
谷田貝さんが唇を強く噛んだ。眉間に皺も寄っている。
思っていることが、わかりやすく表に出やすいタイプなのかもしれない。
「谷田貝さん。次の一手、一緒にボタンを押してもいい?」
「……もちろん。お願い!」
彼女はすがるように、私を上目遣いで見た。
谷田貝さんの後ろにまわり、チョコレートを指さす。無防備な白い首筋が、目と鼻の先にあった。
「今、狙ってるのはあれね。少し手前でアームを止めるよ」
「う、うん」
少し迷ってから、私は谷田貝さんの手を取り、ボタンを一緒に押した。
細くて、力を入れたら折れてしまいそうだった。
「こうして、……はい!」
「っ!!」
狙いを定めてボタンを離すと、アームがチョコの山に食らいついた。
数秒の沈黙の後、アームが動くと、袋も一緒に持ち上がった。
重力に引かれるように、チョコはすとんとゲット口へと落ちていった。
「きゃーーーー! 取れたーーーー!!!」
「谷田貝さん、うるさ……」
目の前で高い声を出すものだから、鼓膜が破れそうになった。
彼女の頬は赤く、とても嬉しそうだった。
「浜松、今の見たっ!?」
「うん」
「ねぇ。一回で取れちゃったよー!!」
谷田貝さんは、ゲット口に手を入れるとすぐにチョコを取り出した。
「今日は、」
彼女は大きく息を吸う。
「あたしが初めて、クレーンゲームで景品を取った記念日ね!!」
「おめでとう」
「もちろん。浜松の協力があってこそだけどねー。えへへっ!」
すると谷田貝さんはチョコを私に差し出した。
「はい。あげるー」
「……谷田貝さんが取ったんだから、谷田貝さんが家に持って帰ってよ」
「いいって! だって、浜松、あたしに、とさかちゃん取ってくれたでしょ? だから、これは浜松にあげたいのっ。さっきのお礼っちゃなんだけど。はい!」
「……ありがと」
実は先ほど、彼女からお礼をしたいと言われて丁重に断ったばかりだった。
こんな形で借り?を返されることになるとは。
ありがたくいただくことにした。
谷田貝さんからチョコを受け取る代わりに、私はとかさちゃんを渡した。少しの間、無言になる。
やけに周りの喧騒が気になった。ゲームセンターは、明るくコミカルな音が絶えず響いている。気まずい雰囲気とは、無縁の場所なのに……。




