第2話 とさかちゃんのぬいぐるみ
数十分前のことだった。
いつものようにゲーセンに来て、新しいプライズが入荷していないか店内を見回っていた時、同じクラスの谷田貝さんがいることに気づいた。
クレーンゲーム台の前で一人、しかめ面をしていた。
こんなところにいるのは珍しいと思った。むしろ、同じ高校の人を、このゲーセンで見たことがなかった。
まぁ。そんな日もあるか、と別に気にも留めなかった。
てっきり誰かと一緒に来たのかと思った。だけど、どうやら正真正銘一人のようだった。
谷田貝さんは唇を噛み締めながら、イグアナのぬいぐるみを一心不乱に見つめていた。
100円玉を入れて、『スタート!!』という快活な音声が流れる。
アームを恐る恐る動かしているみたいだけど、落下した時、ぬいぐるみにかすりさえしなかった。……下手っぴだ。
「くぅぅぅぅ。なんで取れないのよ!!!」
彼女は地団駄を踏んだ。髪を振り回すほど、取り乱していた。そのまま台パンするんじゃないかとヒヤヒヤした。
だけど、公共の場であることを思い出したのか、谷田貝さんは居住まいを正した。
チャリンともう一度、100円玉を入れる。
イグアナの尻尾を狙ってアームを落としているようだけど、ビクともしなかった。
谷田貝さんは悔しさのあまりに頭を抱えた。
可哀想だと思ったけど、声はかけられなかった。
だって、谷田貝さんと私はただのクラスメートで、何の共通点もないから。
高1の春に同じクラスになってから、6月の今まで、何の接点もなかった。
人気者の谷田貝さんと、友達が一人もいないぼっちな私。同じ高1なのに、これほどまでに差があるのかと、もはや感心したくなる。
そんな私が彼女に声をかけても不審がられるのがオチだ。ぼっちだけど、それくらいの心遣いはある。
どうせもう少ししたら、諦めるだろう。
かつてクレーンゲーム初心者だった自分を思い出す。景品が取れなくて、泣いて帰ったこともある。
苦い経験を経て、人は大人になっていくのだ——。
「……あっ。このフィギュア、プライズにしては出来いい」
私の斜め前に、美少女アニメのフィギュアが展示されたクレーンゲーム台があった。少女が水色の髪をなびかせて、こっちに向かってピースをしていた。
プライズは見本品として、店員が箱から出して、中身を飾ることがあった。丁寧にライトも当てられている。
最近のフィギュアは、昔のものに比べて、作りが細かいものが多い。こうして見ているだけでも楽しかった。美しい名画を鑑賞しているような気分だった。
目の前のプライズに心奪われている間に、つい谷田貝さんのことは忘れてしまっていた——。
フィギュアの鑑賞をたっぷり楽しんだ後、最後に店内を一周してから帰ることにした。
今日はバイトはないから、他のゲーセンに寄るのもいいな。自然と鼻歌なんかも口にしていた。
「……ええっ!?」
角を曲がった先に、見えたのは顔を真っ赤にした谷田貝さんだった。
眉をひそめて、額には汗を浮かべている。
「もーーーーーー。どうしたら取れるのよーーーーー!!!!」
絶叫。あんなに取り乱した彼女の姿を、私は初めて見た。
「ムキーーー。絶対、諦めないんだから! よーし。3万円目、突入!!」
「そんなに使ったの!?!?」
思わず、突っ込んでいた。
ハッとして前を見ると、谷田貝さんとばっちり目が合った。
「……浜松?」
彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。私の名前。覚えていてくれたんだ。
慌てて首を振り、そのまま谷田貝さんの元に駆け寄った。
「……これ、取りたいの?」
「う、うん。めっちゃ欲しい」
彼女が我に返り、ぬいぐるみを見つめた。その瞳がまるで恋をするように淡かった。
「……わかった」
私は谷田貝さんに気づかれないように、そっと呼吸を整えた。
「私に任せてくれない?」
一世一代の勇気を出した。
◇
クレーンゲームに3万円を突っ込んでいる谷田貝さんを見捨てることができなかった。
3万円あったら大抵なんでもできちゃう。100円のクレーンゲームだったら300回はできちゃうよ。——って、谷田貝さん、そんなにしたの!?
隣でほくほくした顔で、とさかちゃんを抱きしめている彼女の姿を見ていたら、勇気を出して声をかけて良かったと思った。
私は人よりクレーンゲームが得意だ。
友達がいないので、動画サイトで、クレーンゲームの動画ばかり見ていた。
フィギュアやぬいぐるみ、お菓子なんかを大量にゲットする姿は、見ていて爽快感があった。まるで青春の追体験をしているようなドキドキ感があった。
気付いたら、自分でもクレーンゲームをするようになっていた。回数を重ねるごとに自然と上達もしていった。
なんの取り柄もない私の唯一の特技と言っていいのかもしれない。
今までに取った景品は数えきれない。大きなおもちクッションから、12種類の干支マスコットキーホルダーなどもすべてコンプリートしてきた。
共通しているのは、全部、自分用にゲットしているということだった。
でも今日——。
「あふぁー。とさかちゃん、めっちゃ、ふわふわしてるー♪」
私は初めて、誰かのためにぬいぐるみを取った。
自分が欲しかったものの時よりも、嬉しいのは何故だろう。
足が1センチ床から浮いているような、むず痒さがあった。




