第1話 ゲームセンターでの出会い
私の隣には、クラスメートの谷田貝さんがいた。彼女とは、今まで一度も喋ったことがない。
クレーンゲームのアームがぬいぐるみをキャッチした。もう4度目の挑戦だった。
3本爪のアームがイグアナの『とさかちゃん』を、がっちり掴んで離さない。……やった!
本来なら、アームが急に開いて、ぬいぐるみを地面に無様に叩きつけているところだった。
ゆっくりと左側の初期位置に戻ろうとしている。
「わぁぁぁぁ……」
谷田貝さんは目を輝かせて、透明なガラスに手をつけた。
ベージュブラウンのふわふわした髪を、緩く二つ結びにした髪型。ツインテールって言うんだっけ。
パッチリとしたまつ毛に、短いスカート。
そんなに足を出して、恥ずかしくないのかななんて、どうでもいいことを考える。
谷田貝さんは小柄だ。私より背が低くて、壊れ物のような身体つきをしている。
だけど、このゲーセンにいる誰よりも存在感が大きい。まるでクローバー畑に咲くマーガレットだ。
今もなお、数メートル先にいる男子高校生らしき三人組が、ちらちらと谷田貝さんの姿を目で追っていた。
彼女のはしゃいでいる姿が、おかしいからではない。リアクションが馬鹿でかいからでもない。
谷田貝さんが、かわいいからだ。
彼女の瞳はビー玉のように大きく、鼻筋は整っていて、おまけに色白だ。どこかのアイドルグループで、センターをしていてもおかしくはないだろう。
「いけいけぇーーー!!!」
谷田貝さんは腕を突き出した。その声を合図に、天が味方した。
アームは最後までぬいぐるみを離すことはなかった。
——ゴトンっ。
「やったぁーー!!! ほんとに取れたーー!!! 嬉しいぃーー!!!」
谷田貝さんは足をバタバタ動かして、子どものように喜んだ。ツインテールも揺れる。
彼女は嬉しさを、全力で体で表現するタイプだった。
そのままゲット口から、イグアナのぬいぐるみを取り出すと思ってたのに——。
谷田貝さんは、小躍りするのをやめない。
誰かに取られちゃうよ。そう言いかけた時。
「ありがとうーー!!! 浜松ぅーー!!!」
彼女はむぎゅっと私に抱きついた。
優しく甘い香りが、鼻先をくすぐった。
えっ。ちょっと。何。えっ。
お母さんにも、こんなことされたことないのに。
背中に腕を回されて、胸に顔を押しつけられた。
谷田貝さんは目を細めて、ご機嫌な猫のように笑った。
ゆっくりと自分の身に起きたことを理解する。
——私はクラスで人気者の、"谷田貝ひかる"にハグをされている。
明るく元気で、太陽のような存在。私とは全然違う世界を生きている女の子。
柔らかい体を押し付けられて、どうしたらいいかわからなくなってしまった。ただ棒立ちになっていた。
「ヒューーー!」
すぐ近くで口笛を鳴らされた。
振り向くと、先ほどの男子高校生だった。相変わらず、視線は谷田貝さんに向けられたままだったけど。
どうやら賑やかしをしてくれているようだった。
「……あたしね、とさかちゃんがずっと欲しかったから。今、めっちゃ嬉しい!!!」
背中に回す手に、さらに力が加えられた。
「今日から、とさかちゃんを抱きしめて眠れるよぉーー!」
谷田貝さんは、ちっとも私を離そうとしない。
きっと、今夜こんなふうにして"とさかちゃん"と眠るのだろう。
「……ねぇ。うかうかしてたらさ、他の子にぬいぐるみ取られちゃうよ」
「えっ? あっ。あーー……。そうだよね。ごめーーん!」
私の声で冷静さを取り戻したのか、彼女はすぐさま離れた。
ゲット口から、とさかちゃんを取ると、その緑色の頬にキスをした。
呆気に取られた。
さながら映画のワンシーンのようだった。公共の場で、ぬいぐるみにキスをして、一回転した彼女は、ゲーセンに君臨したお姫様だった。
「ふふっ。でもさー。浜松に、そんな特技があったなんて知らなかったー」
目と目が合った。
「……クレーンゲームのことだよね?」
一応、確認する。
「うん。めっちゃ上手いねっ!」
「……ありがと」
今回、とさかちゃんをゲットするのにプレイした回数は4回だ。
調子が良い時は一度でだって取れることがある。
むしろ今日は駄目な方だ。
そんなことを口にしようとしたけど、すぐに自重した。
私は学校では大人しいキャラで通っている。必要以上に喋るのは、ちょっとおかしい。
きっと私、浮かれている……のかも。
「あはっ。もしかしてさ、結構、ゲーセンに来ること多いの?」
谷田貝さんは、辺りをキョロキョロと見渡した。物珍しそうに、クマのぬいぐるみや、お菓子がつまれた台を見ていた。
「うん」
「へぇ。知らなかった。どのくらいの頻度? 週一とか?」
「いや、週六」
「えぇ! ほぼ毎日じゃん! おもしろっ」
谷田貝さんは、とさかちゃんを抱きしめながら笑った。ふわふわのツインテールが、優しく揺れている。
「へー。放課後、いっつも真っ先に帰ってたのって、ここのゲーセンに来てたからなんだ?」
「うん。新作のプライズをチェックしたくて」
「プライズ?」
「クレーンゲームの景品のこと。例えば、その、とさかちゃんのことを言ったりする」
「ふーん」
谷田貝さんは、遠い目をした。
それよりまさか彼女に、放課後の動向を見られているとは思わなかった。
人気者の彼女のことだ。クラスメートのことは、平等に気にかけているのかもしれない。
「ってか、浜松にお礼しなきゃだよね! とさかちゃんの!」
「別にいいよ。お金は谷田貝さんが払ってくれたんだし」
そうなのだ。
私がぬいぐるみを取るに当たって、実は一銭も出してない。全部、谷田貝さんのお金だ。
「……でもさ、あたし一人じゃ、ぜっっっったい、とさかちゃんを"救出"できなかったし」
彼女は上目遣いで私を見つめた。そのしぐさは、なんとも可愛らしくて、女子たるものの、格の違いを見せつけられた。




