第39話 気の迷い
石井八宵。谷田貝さんの親友。いつも二人で教室の後ろで、喋っているのが印象的だった。
見間違いかと思った。
だけど、そうじゃない。
ゲーセンの入り口に一人で立ち、こっちをじっと見ていた。
……なんでどうして。
石井さんは、黒地に白い花が描かれた浴衣を着ていた。クールな彼女によく似合っていた。
それにロングヘアーを、今日はお団子一つでまとめている。
「や、八宵?」
谷田貝さんの声が上擦る。
「……ひかる」
石井さんが、私たちの前までズンズンとやってくる。
スロット台の前まで来ると、私と谷田貝さんを交互に見た。
「——何してたの?」
その目は、知っていると言っていた。
——見られてしまった。
「キスしてた」
谷田貝さんは素直に言い放った。
「……浜松さんと?」
「うん」
「……なんで?」
「したかったから?」
「……」
石井さんが、私を上から下までじろじろ見た。
血の気が引いたように顔が白かった。
「……ってか八宵、なんでロンリーヌにいるの? 旅行?」
「あっ。それは——」
「おまたせーー!」
背後から声が聞こえる。振り返ると、トレタヨさん——小町ちゃんがいた。
本当になんで!?
彼女は黄色い浴衣を着ていて、アレンジされた髪の毛に白いヘアピンを付けていた。
「こ、小町ちゃん」
「おいっすー! やっぱり、気になってさー。このホテルに泊まることにしたの!」
辺りをキョロキョロと見回した。
「……ってか全然、人いないね。ウチの動画の影響力って、皆無なのかなぁ……」
小町ちゃんはがっくりと肩を落とす。
「小町。浴衣の合わせ目、反対だよ。それじゃ、死んだ人がするやつだよ?」
「そうなの? やば。直す。お姉ちゃんって物知りだね。ありがとっ」
「……お姉ちゃん?」
聞き捨てならない台詞だった。
「うん。ウチのお姉ちゃんだけど? なになに?」
小町ちゃんは、石井さんの浴衣を軽く引っ張った。
憧れのインフルエンサー・トレタヨさんのお姉さんが、クラスメートの八宵さんだったなんて——世間は狭い。
そういえば石井という名字が一緒だ。全然気づかなかった。話を聞くと、家族旅行でホテルロンリーヌに来たらしい。ママとパパは部屋にいるらしい。
「——ってか、何この雰囲気。修羅場!? 修羅場なの!?」
小町ちゃんはなんだか嬉しそうだった。暗黒な空気を誰よりも早く察知している。
クレーンゲームの景品を取った時よりも、興奮しているように見えるのは気のせいだろうか。
「ひかると……浜松さんがキスしてたの……」
「ええー!? マジぃ!?」
小町ちゃんはパンと一つ手を打った。
「……なによ。そんなに驚くこと?」
谷田貝さんは、スロット台のボタンをぽちぽち押しながら、そう言った。
「……めっちゃ驚くでしょ。二人ってどういう関係なの?」
「? 友達だけど」
「……友達同士が……キスする?」
「うん」
「意味わかんない……」
石井さん——いや、改め、八宵さんがため息をついた。
「……そうかな」
谷田貝さんが遠い目をする。
「まぁいいや。ってか、この前言ってたネイルの柄、迷ってるのあるんだけど。ひかる選んでくれない?」
八宵さんは、あっさりしていた。拍子抜けするほどに。
「いいけど……」
「あー。参考用の画像ー! スマホ部屋にあるから、ねぇ。ひかる来て! 私たちの部屋5階だからさぁ。行こっ」
八宵さんが谷田貝さんの手を取り、エレベーターの方に行ってしまった。
——私と小町ちゃんが、その場に取り残された。
「……お邪魔だった?」
ニヤニヤしている。
「そんなことない」
「そー? まぁ。いっか。ちょうどいいし」
小町ちゃんは、ちらっとクレーンゲームの方を見た。
「浜松さん。このゲーセンめちゃくちゃ取れるか、一緒に検証してみない?」
「いいよ」
「もしかして、もう台動かした?」
「ううん」
嘘をついた。
ラズベリー味の残りの飴は、袋ごと、浴衣の袖の中に入れていた。
小町ちゃんが駆け出すと、犬のぬいぐるみの前で止まった。
彼女はこのキャラクターの景品が家に100個あるという。
小町ちゃんの隣にそっと並ぶと、私は景品を取ることに夢中になった。
——それからというと、谷田貝さんと二人きりになる時間がまったくなかった。
部屋に戻ると、松園さんがいるし、温泉だって彼女は、石井さんと一緒に行ってしまった。
結局のところ、谷田貝さんと本当に親しくなれるのは、二人きりの時だけなのかもしれない。
間に誰かが入ると、意図も容易く引き離されてしまう。
——キスだってしたのに。
寂しくはなかった。
だけどぽっかりと穴が空いたような気持ちになるのは何故だろう。これを世の中の人は、切ないとか言うのかな。
あっという間に、チェックアウトの時間になった。
帰りのバスの中。私はブタのぬいぐるみを抱えながら、谷田貝さんの隣で眠ったふりをした。
八宵さんと小町ちゃんも同じバスに乗っていた。多分、時間を合わせたのかもしれない。
前の座席の方に、二人の両親も乗っていた。
バスが揺れる度に、八宵さんの囁く声が耳に入った。隣に座る谷田貝さんに向けてくすくすと何か話している。
内容まではわからなかった。
だけど、
「浜松さんにキスしたのって、気の迷いだよ」
そう、はっきりと言うのだけは聞こえた。
谷田貝さんがなんて答えたのかはわからない。松園さんのいびきにかき消されてしまったから……。
私は深く目を閉じた。




