第36話 キスしたくなる飴
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ベッドに腰掛けると、お尻をすっぽり包んでくれた。家の寝具とはまったく違う。さすがハイクオリティのホテル。
足を伸ばすと、畳の網目が素足に絡んだ。冷たくて気持ちいい。
——斜め向かいには、谷田貝さんがいる。
白地にハイビスカスが描かれた、鮮やかな浴衣を着ている。頬杖をついて、空を見ていた。
すごく似合っていて、綺麗だった。
私はというと、水色の生地に黄色い花が散りばめられた浴衣を着ている。
正直、私にはもったいない可愛さだと思った。
だけど、谷田貝さんが選んでくれた浴衣だったから。
断る理由もなく、そのまま着てしまっていた。
制服でもない、私服でもない、浴衣姿の谷田貝さんはまぶしかった。直視できないくらいに。
それこそ夏祭りに一緒に行ったような気分にもとらわれてしまう。
だけど、ドキドキなんてしなかった。
……緊張はしていたけど、気分が高まるような状況では到底なかった。
「あっ。ラッキー!! お茶菓子がありますよー!! 皆さーん食べましょうよ!!」
茶色のテーブルの前に座った"松園さん"が手を伸ばした。
鼻歌なんかも歌ってご機嫌だ。
「……」
谷田貝さんが、うにゅっとタコのような顔をしていた。
——そう。私たちは二人きりではなくて、松園さんも入れた"三人きり"だった。
ホテルロンリーヌに松園さんがいる意味がわからなかった。
お菓子をピリピリと開ける音が部屋に響く。
——バスを乗り継いでホテルに到着した時、玄関前で松園さんが手を振って待ち構えていた時は、目が飛び出しそうになった。
なんとも聞いてみれば、未成年の女の子二人をそのまま泊まらせることは難しく、お手伝い権——保護者の松園さんが急遽、駆けつけてくれたらしい。
確かに考えればすぐわかることだった。だけど、そこまで頭が回らなかったから仕方ない。
そして結局、3人で泊まることになった。ベッドが2つしかないから、後で中居さんが布団を敷きにくるらしい。
ホテルに着いたら、谷田貝さんに聞きたいことが山ほどあった。
バスの中で何をしたの? やっぱりキスだよね? なんで私に? って——。
「うわー。このまんじゅうめちゃくちゃ美味しいー!! 外側がカリカリしていて歯応え最高!!」
松園さんは自分でお茶を入れて甘味を堪能していた。風情に欠けた。
これじゃ台無しだ。
「もう……二人きりじゃ……なくなっちゃったじゃない」
「谷田貝さん? 何か言った?」
「……な、なんでもない!」
谷田貝さんはぷいと私から顔を背けると、勢いよく立ち上がった。
浴衣の合わせ目が乱れていた。
「もういい! 早速、ゲーセンに行きましょ! こうなれば、はやく何があるか見てみたいわ!」
「ち、ちょっと待ってよ」
「お嬢様!」
谷田貝さんは一人、部屋から出ていった。ずんずん歩く彼女を、私と松園さんは急いで追いかける羽目になる。
「ちょっと! 松園はついてこないでよ!」
「そうは言っても。心配ですので……」
「もう! 子どもじゃないのに!」
谷田貝さんの機嫌はすこぶる悪い。ほっぺがいつもより丸かった。
ゲームセンターは2階にあった。レストランの隣にあったけど、予想に反して、ひっそりとしている。
私たち以外には誰もお客さんがいない。手前にはクレーンゲーム台が複数あり、奥には太鼓のゲームやスロット台が置いてあった。
「……ふーん。一昔前に流行ったような、ぬいぐるみだらけね」
谷田貝さんの言う通り、最新のプライズはないようだった。
もちろん、とさかちゃんもいない。
だけど風情がある。ある意味、穴場のゲームセンターと言えるだろう。
「あっ! なんですかこれー!」
松園さんの眼鏡が輝く。奥にある一つのクレーンゲーム台を指差した。
「キスしたくなる飴ですってー! ふふっ。おかしーですね!」
「……」
「……」
彼女が見つけたのは、ピンクのパッケージに『ラブラブ飴』と書いてある景品だった。
松園さんがいう通り、"好きな人とキスをしたくなること間違いなし"……と書いてあった。
「あれ? お二人とも、なに固まっているんですかー?」
間延びした声が、辺りに響く。
「べ、別に。へ、へー……。何味なんだろうね」
「ピンクだから桃味なんじゃないですか? お嬢様って、意外と勘が鈍いですねっ」
「ちょっと、誰がよー!!」
二人は猫の喧嘩みたいにふざけ合っている。
私はため息をついて、スロット台の方に回ろうとした。いつものゲーセンでは、こういうものは地元のヤンキーで満席だ。誰もいないからこそ、ゆっくり見てみたかったのだ。
——ピコーン。
その時、リズミカルな音が耳に入った。
振り向くと、谷田貝さんがクレーンゲームにお金を入れていた。
……しかも、景品が"キスしたくなる飴"の台に。
「お嬢様ー! "これ"取りたいんですかぁ?」
「うん」
「へぇー。まぁー。ほぉー!」
松園さんは口に手を当てて、ニヤついている。
「……松園、言っておくけど、部屋のお茶菓子、あたし達のも全部食べたでしょ?」
「ぎくっ」
「やっぱり……。ほんと信じられないっ」
松園さんの頬には、よく見るとあんこが付いていた。
「……部屋に帰っても甘いものないでしょ? だーかーらー。これ取りたいの!!」
「左様でございますか……」
痛いところを突かれたようだ。
松園さんは何も言い返せなかった。
谷田貝さんが狙っている飴の袋には、緑色の輪っかが付いていた。
そこにアームを通して、ゲットする必要がある。
谷田貝さんは最近、クレーンゲームが上達してきた。
隣で見ていて感心するくらいに。
私は彼女に近寄り、行く末を見守ろうとした。
「あっ」
——ゴトン。
——なんと、谷田貝さんは一発で飴をゲットしてしまった。




