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クラスの人気者女子にクレーンゲームの景品を取ったら、やけに距離が近くなった  作者: 宮野ひの


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第33話 恋をしているみたい

「……一緒に行ってくれるかな」


 彼女は友達だ。

 だけど、急に誘ってもいいものか。


 しかも、カフェとか水族館とかじゃなくて、いきなりホテルに誘うって……。


 段階を飛ばしすぎじゃないかな。


 でも聞いてみるのは無料(タダ)だ。


 次の日。月曜日の学校。

 3時間目が終わった後、離れにあるトイレに行ったら、案の定、谷田貝さんがやって来た。


「やっほー」

「こんにちは」

「なんか堅くない?」

「……そうかな。いつもこんな感じだけど」

「まぁ。ゆるい浜松は浜松じゃないかぁ」


 谷田貝さんは、したり顔で笑った。


 小町ちゃんと遊んだ帰りの、寂しそうにしていた彼女とは、天と地ほどの差があった。


「……ねぇ。谷田貝さん」

「んー?」

「ホテルに行かない?」

「ぶー」


 吹き出されてしまった。


 彼女はみるみるうちに真っ赤になる。


「ほ、ほ、ホテルぅ?」

「うん。ダメ?」

「そんなあたし達、高校生だよ? それに……付き合ってもないし……」


 谷田貝さんは、しおらしく俯いた。


 待って。


「……何か勘違いしてない?」

「えっ?」

「実は、昨日ね——」


 私は小町ちゃんとの経緯を、一から丁寧に話した。

 彼女は終始、唇を引き結んで聞いていた。


「なーんだ。誤解させないでよっ」

「そんなつもりはなかったんだけど」

「ほんとびっくりしちゃったんだからねっ」


 くるりと後ろを向く。


 今日のツインテールは緩くカーブがついていた。


 髪、巻いているのかな。


「……そっかー。ホテルロンリーヌかぁ」


 反響した声がトイレに響く。本当に私たち以外誰もいない。


 壁際の鏡は、ピカピカに磨かれていた。谷田貝さんのピンク色の頬を鮮明に映す。


「……行く!」


 彼女は振り向き、とびきりの笑顔を見せた。


 一挙一動がスローモーションのように、ゆっくりと輝いて見える。


「浜松と旅行をするってことでしょ!? なんか楽しそうっ」

「……そっか。そういうことになるのか」

「逆になんだと思ったのよ?」


 谷田貝さんは私に一歩近づく。


「あたし、家族以外の誰かと旅行に行くのって初めてっ」

「そうなの? 意外だね」

「うん。だからめちゃくちゃ楽しみっ」

「……初めての相手が私でごめん」


 何故そんなことを口にしてしまったのだろう。


 言わなくてもいいこと。意味のない謝罪。


 また私が谷田貝さんの"初めて"を更新することになるから。


 恐れ多いと思ったのだ。


 彼女はぴたりと止まると、私の顔を食い入るように見つめた。


「……ごめんじゃないんだけど。あたしは浜松で良かったなぁって思うんだけど? ねぇ。撤回してよ」


 ゾクゾクするような感覚が背中を上る。


 私はもしかして、こんなことを言われるのを、心のどこかで期待していたのかな。


 嫌だな。情けない。だけど、嬉しい。


 にやけてしまう顔を必死に押さえた。物理的に。


「……何してるの? 浜松」

「き、筋トレ?」

「口を押さえるのが?」

「うん……。結構、口角が緩んで、柔らかい顔になるらしいよ」

「ふーん?」


 谷田貝さんは、私の真似をするかのように自分の唇を触った。

 見たことのないワイン色のリップを付けていた。


 ——私は谷田貝さんといると心が軽くなる。少しふざけたくなる。


 一緒にいる時間が嫌じゃない。


 だけど——。


「これ、いいふぁも!」


 ……谷田貝さんはどうなんだろう?


 私と一緒にいて楽しいのかな?


 素直に言葉では伝えてくれるけど、本音でも、そう思ってくれているのかな。


「口が、もにもにしてきふぁ!」


 彼女は夢中になって頬を動かしていた。


 ——私ってバカだな。


 谷田貝さんはまっすぐな人だ。思ったことは隠さずに何でも教えてくれる。

 少しツンツンしているところもあるけど。


 恥ずかしがったり怒ったり、感情がわかりやすい。

 疑う方が、バカなんだ。


 ——私、最近おかしいな。


 いつもの自分じゃないみたいだから。


 こんな風に今まで誰かの一挙一動を気にしたことってあったっけ。


 あれ。これじゃまるで——。


「浜松?」


 谷田貝さんと目が合った。


 もう口を押さえる"筋トレ"はしていなかった。


 潤んだ瞳から視線を逸らせない。胸が跳ねる。


「っ……」

「えー。顔、真っ赤だよ?」


 これじゃまるで——。


 私が谷田貝さんに恋をしているみたいじゃないか!


「……熱でもあるの?」


 彼女がさらに距離を縮めてくる。


 無断で、おでこを触る。手がひんやりしていてびっくりした。


「……」

「あれー? ちょっと熱い?」


 柄にもなく、動けなくなってしまった。


 谷田貝さんが軽く俯いた時、つむじが見えた。

 可愛い丸模様。押してみたいなんて思ってしまう自分がいた。


 谷田貝さんの腕を掴んで、おでこから強制的に離させる。


「——なんでもない。大丈夫だから」

「そう? なんかあったら言ってよ!」

「うん」


 少しの間が空く。


「……ねぇ。浜松、今日も放課後、バイトしてくれるんでしょ?」

「……」

「具合悪そうならやめようか?」

「いや、やる」


 即答した。


「そう? じゃあ、放課後、またあのゲーセンでね」

「うん。わかった」


 その時、予鈴が鳴った。


 谷田貝さんと目を合わせて、1秒だけお互い止まったままでいた。


 それがとても長くて、まるで永遠のように思えてしまった。


 外から女子生徒の笑い声が聞こえてくる。はっと我に返る。


 飛び跳ねたようにトイレから出ると、いつもと景色が違って見えた。


 廊下の床の照りが眩しい。ワックスでもかけたのかな。

 

 そんなどうでも良いことが、次々と頭に浮かぶ。


 今日も午後から暑くなる予定だった。


 谷田貝さんが私を抜かして前へ出る。スカートが、ふわりと舞った。


 白い足で鮮やかに駆け抜けるものだから、廊下は走っていいものと危うく認識するところだった。


 私は谷田貝さんとの放課後——。いや、旅行が心から楽しみだった。

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