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クラスの人気者女子にクレーンゲームの景品を取ったら、やけに距離が近くなった  作者: 宮野ひの


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第31話 寂しかった

「……本音ではそう思ってたけど」

「思ってたんかい!」


 気持ちが良いツッコミだった。彼女の顔は赤い。


「……」

「……」


 私は気の利いたこと一つ言えない。いつもよりもただ心臓が速く動いているだけ。


 走ったわけでもないのに。本当におかしい。


「ねぇ。浜松も喉乾いてるんじゃない?」

「うん、少し」

「じゃあ、ほら」

「えっ? なに?」

「コーラ。飲んでもいいけど」

「……」

「飲みかけだけど……」


 少し迷って、谷田貝さんからペットボトルを受け取った。

 中で小さく炭酸が弾けていた。


「ありがと」


 なんともないふりをしながら、口をつける。


 コーラなんて飲んだの何年ぶりだろう。いつもは水か烏龍茶しか飲まないから。


 思っていたよりも喉が渇いていたようで、すべて飲み干してしまった。


 ——間接キスだ。


 はっきり気づいていたけど、言葉にはしなかった。

 だって、明らかに意識していることがわかるから。


「あのさ。谷田貝さん、そこの公園に行かない?」

「なんで?」

「ここ暑いじゃん。そっちは日陰もありそうだし」

「ああ。うん。そうね」


 彼女は大人しく私に従った。


 緑公園はその名の通り、木がたくさんあった。遊具は少なく、スペースも狭い。子どもの姿は滅多に見ない。

 落ち着いて話すのにはうってつけだ。


 土曜日。いつもだったら一人で過ごすのが恒例となっていた。

 家族は仕事だし、友達もいないから。


 谷田貝さんと一緒にいられること自体、奇跡のように感じられた。



◇



 白いベンチは少し汚れていた。手で払ったら土埃は消えて、表面上はきれいになった。


 谷田貝さんはポケットから無言で水色のハンカチを取り出して、ベンチに敷いた。ふとした所作に、彼女の育ちの良さがにじんでいた。


「それ」

「んっ?」

「袋。景品たくさん取ったわよね」

「うん」

「ねぇ。見せてよ」

「いいよ」


 谷田貝さんに、戦利品を手渡した。ガサガサとプラスチックの袋を漁る音が、園内に響いた。


 すぐ側にあるブランコはさびれていて、手で触ったら鉄臭い臭いがするだろうなと、ぼんやり考えた。


「ぬいぐるみ……フィギュア……何これ? あぁ、椅子なのね。これ、可愛い。あっ。グミもあるじゃない」


 谷田貝さんは一つひとつ残さずに挙げていく。


「これ全部、浜松が取ったの?」

「うん。小町ちゃんにレクチャーしてもらった分もあるけど」

「ふーん」


 一瞬の間が生まれた。


「ねぇ。もしかして、また会ったりするの?」

「どうだろう。あっちはきっと忙しいから、もう難しいと思う」

「へぇ。そう」


 谷田貝さんの口角が上がった。

 星型のクッションをゆっくりと撫でている。


 ——ピコン。


 私のスマホに通知が届く。何々。

 画面を見て驚いた。


「……小町ちゃんだ」

「連絡先交換したの?」

「うん」


 流れからライムを交換することになった。


 まさか、こんなに早く連絡が来るなんて思ってもいなかった。


「『今日はありがとう。またウチと遊んでね』だって」

「……えー。浜松、めちゃくちゃ気に入られてるじゃん」

「そう見える?」

「うん。すっごく」


 小町ちゃんから誘われたのは嬉しかった。だけど胸がちくりと痛んだ。


 これは一体どういう感情なんだろう。


 左に座る谷田貝さんに目を向けると、同じように私を見ていた。ドキッとする。


「……やだ」

「えっ?」

「浜松、あの子ばかり見ちゃやだ」


 背中に手を回される。柔らかい。


 谷田貝さんに抱きしめられると、ふわふわする。コロンのようないい香りが鼻をくすぐった。

 遠くの方でセミの鳴き声が聞こえる気がする。いや、走馬灯を見ているのかもしれない。


「あたしが先に浜松と仲良くなったのに」

「……」

「あたしもクレーンゲーム上手かったら良かったなぁ。下手っぴだから仕方ないけど」


 ぎゅうっとさらに強く抱きしめられた。


 谷田貝さんの髪が数本、私の頬に触れた。


「もしかして……」


 ——寂しくさせてた?


 そんなドラマのような台詞は言えなかっ た。私のキャラじゃない。


 それに、違うなんて言われたら、私はもう、どんな顔をして良いかわからなかった。

 言葉をかける代わりに、私も谷田貝さんを抱きしめ返す。


 とても暑い。お互いの体温でキャパシティはとっくに限界を超えているはずなのに。離れがたかった。


「——寂しかった」


 私の心の声が谷田貝さんに伝わったかのようだった。


 今、どんな表情をしているの?


「……浜松が小町ちゃんに夢中なのモヤモヤした」


 彼女は少し鼻声だった。


「こんなあたしが、炎天下の中でずっと待ってあげるなんて、普通じゃありえないんだからねっ」


 谷田貝さんが私の背中に爪を立てる。苛立ちが伝わってくる。

 だけど、嫌じゃない。私には、甘えているように見えた。


「ごめん」

「謝らないでよ」

「そういえば谷田貝さんって、私に会うためにゲーセンに来たんだもんね。最初にそう言ってたもんね」


 彼女は堰を切ったように顔を上げた。


 唇を震わせて、顔を真っ赤にしている。


 可愛い。思わず頭を撫でたくなった。


「じゃあさ、今からもう一回ゲーセンに行く?」

「…………いいの?」

「うん。まだ遊び足りないし」

「わかった。バイト代上乗せにするわっ」

「……いらない」

「えっ?」

「それはいらない」

「なんで?」

「……谷田貝さんと純粋に遊びたいから」

「純粋って」


 彼女はおかしそうに笑う。


 純粋。じゅんすい。


 もう口にしたら、不純なのかな。


 遠くの方でカラスの鳴き声が聞こえた。


「——ほら、ゲーセン行くんでしょ?」


 谷田貝さんは私の手を取ると、起き上がらせるように引っ張った。強引。もう。

 何も考えられなかった。


 仕切り直しとばかりに、私たちは来た道を引き返し、いつものゲーセンへ戻った。


 谷田貝さんはもう寂しそうな顔を見せることはなかった。

 彼女のツインテールが今日も優雅に揺れる。ゲーセンの雑音が私たちを優しく包んだ。


 閉店まで一緒にいたいなんて、柄にもなくロマンチックなことを考えてしまった。

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