第30話 自販機の隅にいる彼女
「ぐぬぬ……」
小町ちゃんの煽り(?)で、谷田貝さんが歯を食いしばっている。美少女が台無しだ。
獅子のように勇ましかった。
「あの、谷田貝さん……」
「何?」
「痛い」
「あっ。ごめん」
爪が食い込むほどだった。
それでも谷田貝さんは、私から離れようとはしない。少し暑い。
小町ちゃんは、谷田貝さんに冷ややかな視線を送っている。
「あっ。そうだ。浜松さん!」
「何?」
「今からね、一緒に新作のプライズ取らない? もし良かったらコツとかも教えるよ?」
「……やる」
自然と口にしていた。
小町ちゃん——もといトレタヨさんからのお誘いは、やっぱり断ることができない。
「はままつ……」
谷田貝さんの顔は、雪のように白かった。
「えっと。谷田貝さん。今日はバイトないもんね?」
「……」
彼女はこくりと頷いた。やけに大人しい。
もし今日、谷田貝さんにクレーンゲームを教えるバイトが入っていたなら、小町ちゃんのお誘いは間違いなく断るだろう。
一度した約束は、破らない。自分の中で決めたマイルールがあった。
「じゃあ、小町ちゃん。お願いします」
「へへーん。ウチが直々に教えるなんて、浜松さん、めっちゃ特別なんだからね?」
「わかってる」
谷田貝さんは俯いていた。足元にある小石をツンツン蹴っている。
「……そういえば谷田貝さん、どうしてゲーセンに来たの?」
バイトもないはずなのに。せっかくの晴れた休日なのに。
今になって、彼女が可愛い花柄のワンピースを着ていることに気づいた。いつもより、大人っぽく見えた。
「——浜松に会いたかったから」
胸が跳ねる。不意打ち。
それってどういう意味?
脳が深く考えようとした時に——小町ちゃんから手を強く掴まれた。
「人気のプライズはすぐに取られちゃうから。浜松さん、早く行きましょう!」
グイグイ引っ張られてしまう。
ふ、振り解けない。
そのまま谷田貝さんと引き離された。彼女に何か声をかけることもできなかった。
後ろ髪引かれる思いで、ゲーセンに連れ込まれた。谷田貝さんは追いかけてこなかった。
「ねー。浜松さんはさ、ぬいぐるみとフィギュアどっち派?」
先ほどのピンポン玉のクレーンゲームを通り過ぎながら、小町ちゃんは、呑気に聞いてきた。
「……」
「ねー。どっち?」
「ぬいぐるみ……」
深い意味なんてなかった。
一瞬、とさかちゃんのことが頭に浮かぶ。
「へぇ。意外。オタクっぽいと思ったのに」
「……」
失礼な。
彼女は、ひょうひょうと"し過ぎていた"。
私は小さくため息をついた。脳裏には谷田貝さんの切なそうな顔がこびりついていた。
◇
「じゃあ、浜松さん。動画に高評価よろしくねっ。それじゃ、またね!」
「……うん。今日はありがとう」
小町ちゃんとは、ゲーセンで遊んだ後、程なくして別れた。2時間くらい一緒にいたかな。
憧れの人と思っていたけど、中身は等身大の中学生だった。
小町ちゃんからのレクチャーはスパルタだった。
私がクレーンゲームのボタンを押すタイミングが早いと「そこじゃないでしょ!?」とすぐにヤジが飛んでくる。
彼女はプライズを取る前から、何手動かせばいいのか見極めていた。とても聡い子だった。
物言いはちょっと乱暴だけど全然許せた。それは腐っても、憧れの人だからと言えるだろう。
手にした袋には、ぬいぐるみやフィギュアなど、今日の戦利品がたくさん詰まっていた。
ホクホクしながら、帰路につく。家の近くの自販機前を通ろうとしたら、
「——っ!」
「おつかれ」
なんと、隅っこに谷田貝さんが座っていた。
太ももに頬杖をついて、口を尖らせている。チラッと私が持つ袋に目をやった後、すぐに逸らした。
「…………谷田貝さん、そこ暑くない?」
口から出た第一声がこれだった。
他にもっと、言うべきことがあるはずだ。
だけど、谷田貝さんのうなじには、霧吹きを吹きかけたような細かな汗が浮かんでいた。
「うん。暑い……」
彼女は立ち上がると、少し足がもつれた。
とっさに私の腕にしがみつく。
「……喉乾いてない? 奢るよ。何がいい?」
目の前には、赤い自販機。
有名ブランドの飲み物がずらりと並んでいる。
「コーラ……」
炭酸かい。
谷田貝さんはどこまでも自由だった。
お金を入れ、ペットボトルのコーラを買う。取り出し口から出したものを、彼女に手渡した。
谷田貝さんは無言で受け取った。
すぐにコーラに口をつけて、ごくごくと喉を鳴らした。息もつく暇もない。
——彼女は一体どれだけ外で待っていたのだろう。
怖くて聞けなかった。
「石井さんとは別れたの?」
谷田貝さんは息継ぎする合間に、そう聞いた。
「うん」
「ふーん。楽しかった?」
睨むように言われてしまった。一瞬、迷ったけど、
「……楽しかった」
正直な気持ちを答えた。
「……なるほど」
谷田貝さんは素っ気なかった。愛嬌のある彼女にしては珍しいことだった。
「ねぇ」
「何?」
急に顔を上げる。ペットボトルが傾いた。
「わっ。コーラこぼれそうだよ!」
「きゃっ。本当だぁ」
「…………ねぇ。もしかして嫉妬してる?」
谷田貝さんの目が一段と大きくなる。コーラはもう3分の1もなかった。
口に泡をつけたまま、私に向き直った。
「だ、誰が。嫉妬? 浜松と石井さんに!? ——す、するわけないでしょ!」
「だよね」
私なりのジョークだった。谷田貝さんと少しでも仲良くなれたと思って、勝手に調子に乗ってしまった。
俯くと、脇道に草が生えていた。私みたいだった。
「……それで終わり?」
「へっ?」
「もっと、追求しないの? "いやいや、こんな暑い中、外で待ってたら、好き以外の何ものでもないじゃん! "とか!」
谷田貝さんの額の汗が地面につく。




