第28話 ゲームセンターの女の子
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待ちに待った次の週末。私は一人でいつものゲーセンに来ていた。
今日は谷田貝さんのバイトとかの用はない。一日フリーな日だ。
さすがは土曜日。いつもよりも人が多い。
カップル、友達同士、親子連れなど、さまざまな客層が店内に入り乱れている。人混みは得意じゃない。
けど、お客さんが多いということは、それだけチャンスにも恵まれていることになる。
目の前の20代くらいの女性が、ウサギのキャラクターが描かれたコップを取ろうとしていた。アームの力が弱いようで苦戦している。
あれを取るのは、最低でも10回以上はプレイしないといけないだろう。女性には悪いけど、こういう気付きがたくさんある。学ぶことは後々チャンスにも繋がる。
店内をぐるりと回ると、三本爪キャッチャーでイルカのぬいぐるみを取ろうとしている男性がいた。
隣には、小さい女の子がハラハラしながら見守っていた。見る限り、お父さんと娘と言った感じだろう。
「お願いお願いお願い〜」
女の子は地団駄を踏んで、お父さんの勇姿を見つめていた。
男性は無言で険しい顔をしながら、イルカのぬいぐるみに照準を合わせていく。
ボタンを押した後、私も隅の方に隠れて、行く末を見守った。
アームがゆっくり下がって、景品を掴んだ。
アンバランスだけど、逆にそこが良かったのか、イルカのぬいぐるみはすっと持ち上がった。やった。
「わぁぁぁぁ! パパすっごーい!」
「良かった! やっと取れた!」
少女はすぐさま取り出し口に手を入れて、もふもふのイルカを抱き寄せた。
この世で一番幸せそうな顔をしていた。
私も勝手にホッとする。無事に取れて良かったね。
女の子とお父さんは、手を繋いでゲーセンを出ていった。
ふと思い出してしまう。
私が谷田貝さんに、とさかちゃんを取った日のことだ。
彼女がぬいぐるみを抱きしめて喜んだ時、私も自分のことのように嬉しくなった。
心の奥でキュッと芽生えたこの気持ち。一体、なんだろう。
きっと、あのお父さんは、娘に対して、こんな気持ちを持つことはないだろう。
今、隣に谷田貝さんがいないのが、酷く寂しいことのように思えた。
ぽつりぽつりと店内を巡回していくと、
「あっ」
このゲーセンでは、今まで見たことのなかった、たこ焼き台のクレーンゲームがあった。
「……」
周りに人はいない。
ジリジリと歩み寄り、ガラスの中を覗いた。
なんの変哲もないたこ焼き機が、白く透けるセロファンに周囲を囲まれていた。
穴の一つは赤く塗られていた。ピンポン玉は真横に3〜4個散らばっている。
景品は大きな星型のクッションだった。シンプルで可愛い。私好みのものだった。
迷わずに100円玉を入れた。アームを動かして、ピンポン玉をすくう。
あれだけ谷田貝さんの家で練習したんだ。
きっと、前よりは上手くなっているはず……だろう。
微かな期待を抱いていた。
しかし、1回、2回、3回と繰り返しても、お目当ての赤い穴にピンポン玉が収まる気配がない。
手に汗を握ってしまう。
「うぅぅぅ……。くわばら。くわばら」
あまりの悔しさに、つい大きな声を出していた。
ハッと周りを見ると、男性の店員さんがまじまじと私を見ていた。急に恥ずかしくなる。
谷田貝さんと、ずっといたからかな。
気づけば、彼女の思ったことをすぐ口にする性格が、私にも移ってきた気がする。
谷田貝さんだったら悔しい時、絶対声に出していたはずだ。きっと星型のクッションを睨みつけながら。
あまり大きな声を出さない私からすると、悔しさを言葉にするという行為は——正直、気持ちが良かった。
自分の中にストレスを溜めっぱなしにするのはよくない、ということなのかな。
谷田貝さんと一緒にいると、気づかされることばかりだ。
「……どうかしたの?」
ビクッ。完全に迂闊だった。
背後に人がいた。
振り向くと、サングラスをかけたショートカットの女性がいた。瞳は見えない。
制服を着ているから、多分、同い年くらいであることを察する。
「いや、この景品、中々取れなくて……」
「あー。たこ焼き器のクレーンゲームかぁ。ちょっと難しいよね」
彼女は私の横に並んだ。香水のいい香りがする。
髪はサラサラで、肌はこんがり焼けていた。
——あれ。なんか、初めて会った気がしない。
なんで、そんなことを思うんだろう。
つい、まじまじと彼女を見つめてしまっていた。
「なーに?」
「いや、なんでも……」
気まずくなり、目を逸らす。その高い声が鼓膜を直接震わせた。
んっ? いやでも……。
「あとちょっとだね! ここで諦めたらさ、勿体無いよ」
彼女はガラスを指で指した。
「それはわかってるけど……」
上手くいかないんだからしょうがない。
「ふーん。じゃあさ、ウチが教えてあげようか?」
「え?」
もう一度、まじまじと彼女を見つめた。
細身ですらりとした体型をしている。口元は自信ありげに、弧を描いていた。
室内でサングラスをかけている人って怪しい。私の直感がそう囁いていた。
普通だったら、断っていたはずだった。
それくらいの危機管理能力は私にだってある。
「お願い……します」
だけど、口からするりとそんな言葉が出ていた。
自分でもびっくりだった。
彼女はにこりと笑う。サングラス越しに目を細めた気がした。
大人っぽい仕草に違和感を覚える。きっと彼女が年下であることを私は確信してしまう。
名前も聞いていない。出会って1秒の女の子。
彼女はお金を入れて、慣れた手つきでアームを動かした。
私は黙ったまま、行く末を見守った。
鼻歌なんかを歌っている。流行りのJ-pop。アイドルソングで、キャッチーな歌詞が特徴の歌だった。
アームがピンポン玉を掴んだ。オレンジ色なのに、電気に照らされて、白っぽく光っていた。
アームがたこ焼き器の上で止まった。この束の間の数秒がたまらない。
アームが開くと、ピンポン球がくるくると回って、落下する。
私たちをこうやってたぶらかす。
やがて赤い穴に吸い込まれるように収まった。えっ。ゲットだ。
クレーンゲームからは、陽気なファンファーレが流れる。
「イェイ。取れた!」
彼女はサングラスを取って胸にかけると、私にハイタッチを求めた。
戸惑いながらも、手を合わせると、
——パチン。
気持ちが良い音がした。
……私は彼女の正体に気づいてしまった。
「もしかして、トレタヨさん?」




